2019年3月22日金曜日

神社の祭神(古代史の復元)

神社の祭神(古代史の復元)
神社にはスサノオ・饒速日尊及びその系統の人物が祀られている例が圧倒的に多い。
それなりの実績があって始めて神社に祀られるのである。
第3節 神社でまつられている神
第一項 スサノオ
スサノオは全国の神社で「天王さん」と通称されている。
「天皇神社」の祭神はスサノオである。
天王社の総本社は愛知県津島市の津島神社である。津島神社の記録に,
「素尊(スサノオ)は則ち皇国の本主なり,故に日本の総社と崇め給いしなり」
とある。
これはスサノオが神々の頂点に位置していることを意味している。
また,大山祇命を祭る神社は全国に一万一千社あるといわれているが,その総本社は愛媛県大三島にある大山祇神社である。
ここでは大山祇を日本総鎮守として祭ってある。
奈良県の山口神社は大山祇を祭る神社ということでたくさん存在し,いずれも,大和とその周辺の国を結ぶ要路の境界点に建っている。
山口神社の中には祭神が大山祇命・須佐之男命と併記されている神社や須佐之男命のみになっている神社もある。
これは,大山祇命がスサノオであることを意味している。 
また,スサノオの霊廟といわれている島根県の熊野大社でもスサノオはすべての神々の親神であると記録されている。
このようにして,全国の各神社の祭神の関係を調べてみると,その他にスサノオは,
タカオカミ・
イカズチ・
フツシミタマ・
ハヤタマオ・
シラヒワケ・
カミムスビ・
オオワタツミ・
カグツチ・
ホムスビ・
ヤチホコ・
八幡大神等
として祭られていることが分かる。
スサノオは地域の守護神として,あちこちに祭られており,神々の中で最高位に位置している。
これは,古事記・日本書紀に書かれている暴れん坊のスサノオ像とは全くかけ離れたものである。
全国の神社を調べても,元あった神に違う神を祭らせられたり,祭神を消させられたりといったことが出てくる。
スサノオは古代において大変な事業を成し遂げ,全国の神社に日本最高神として祭られたが,後の権力者が都合が悪いと抹殺したものと考えられる。
第二項 饒速日尊
古代より代々の天皇が頻繁に参拝した神社は,大和の
「石上神社」,
「大神神社」,
「大和神社」
が挙げられる。
いずれも神話上の最高神である天照大神とは別の人物が主祭神として祭られているのである。
日本最高の神社といわれる伊勢神宮には,日本書紀以前に参拝した形跡がほとんどない。
そもそも,神話上の最高神を祭った神社が大和にないこと自体がおかしなことである。
古代大和朝廷にとって重要な神社は上に挙げた三神社で,ここに祭られている神は,朝廷にとって重要な人物であるということになる。
その祭神とは,それぞれ,
「布留御魂神」,
「大物主神」,
「大和大国魂大神」
である。これらはいったいどういった人物なのであろうか。
地方の三輪神社を調べてみると,
桐生市,美和神社:建速須佐之男尊,大物主奇甕玉尊
島根県,来待神社:大物主櫛瓶玉命
大物主はスサノオの近親者で櫛瓶玉という別名があることが分かる。
櫛玉という名で神社を探してみると,
愛媛県北条市,国津比古命神社:天照国照彦火明櫛玉饒速日尊
兵庫県龍野市,井関三神社:天照国照彦火明櫛玉饒速日尊
福岡県鞍手郡,天照神社:天照国照彦天火明櫛玉饒速日尊
福岡県久留米市,伊勢天照御祖神社:天火明命
京都府,篭神社(元伊勢一宮)主祭神:天火明命
京都府,篭神社(元伊勢一宮)相殿:天照大神,豊受大神
兵庫県龍野市,粒座天照神社:天照国照彦火明神
鏡作坐天照御魂神社:天照国照彦火明命
饒速日という人物が出てくるが,この人物の別名であることが分かる。
篭神社でも分かるとおり伊勢神宮の神の上に位置し,天照という名を持つ神である。
「天照」という名の付いた神社の祭神は大抵この饒速日を祭っているのである。
「天照」とは天照大神を指すのであるから,天照大神を祭っていなければならないはずである。
饒速日は大和朝廷にとって大変重要な人物で,古代の天照大神は,この饒速日を指していたようである。
このようなことから,大物主は天火明命であり,饒速日命であることが分かる。
京都の大原野灰方町にある大歳神社は祭神は大歳神であり,石作連がその祖神を祭った神社であるが,次のような記録がある。
「石作連は火明命の子孫で,火明命は石作連の祖神という。」
これは,火明命が大歳であることを意味している。
大歳は,西日本各地で祭られており,中には
「大歳御祖」とか
「大歳御祖皇大神」
という名で祭られているところも多い。
「御祖」とか
「皇大神」
とかいうのは,他に「天照皇大神」と「豊受皇大神」ぐらいしかなく,ともに伊勢神宮の神である。
この尊称はこの人物が皇祖であることを意味している。
スサノオの出身地である島根県に大歳を祭る神社が多く,飯石郡三刀屋町に大歳神社があり,
「神国島根」によると,
「須佐之男命出雲に於いて大歳を生み給い...」
と書かれており,大歳神はスサノオの子であることが分かる。
つまり,饒速日命はスサノオの子ということになる。
スサノオの住んでいた島根県の須我神社を調べてみると,その摂社にスサノオの子が列記してあり,
その三番目に「琴平 大歳」と書いてある。琴平の神といえば大物主神であり,大物主神は大神神社の祭神である。
次に,大国魂神であるが,
名古屋市 国玉神社
祭神 大物主神
国内神名帳に「従二位大国魂神」と記録されている。
その他,全国の「国玉神社」「国魂神社」は,いずれも大物主神を祭っている。
これより,大国魂神は饒速日であることが分かる。
次に布留御魂大神であるが,茨城県の総社神社に布留大神はスサノオの子であると書かれていた。これも饒速日と考えられる。
饒速日は,そのほかに,
クラオカミ・
ワケイカズチ・
コトサカオ・
トヨヒワケ・
アメノミナカヌシ・
クニトコタチ・
カナヤマヒコ
として全国に神社に祭られている。
古代から大和に祭られて,朝廷が頻繁に参拝している神社には,いずれも饒速日尊が祭られており,スサノオの子である。
饒速日尊は大歳御祖皇大神として祭られていることが多く,皇祖であるらしい。
皇祖であるからこそ,大和の大きな神社にはすべて祭られており,歴代の天皇も参拝を欠かさなかったという事実が説明できるのである。
この人物は大和朝廷にとって大変重要な人物ということになるが,古事記や日本書紀ではほとんど登場しない影の薄い存在である。
日本書紀は饒速日尊をオシホミミの子であるとしているが,全国のどの神社を調べてもそのような伝承はない。
全国の神社に伝わっている伝承は,古事記や日本書紀とは別のものであり,複数の神社の関連を調べていって浮き出てくるものであるので,
これこそ真実を伝えていると判断する。
饒速日尊は,後の歴史改竄作業によって全国の神社から消されたが,完全に抹殺できず,方々に消し漏れがあり,
それによって真の古代史を判明させることができるのである。

古代史の復元
http://www.geocities.jp/mb1527/N1-03jinjanokami.htm
http://www.geocities.jp/mb1527/N1-02-1nendaisuitei.html
http://www.geocities.jp/mb1527/mokuji.htm




素戔嗚尊の生涯
西暦 年齢 出来事
BC37年 高句麗始祖朱蒙布流国滅亡させ、高句麗を建国
父布都御魂、日本列島へ船出する。
BC35年頃 素戔嗚尊、島根県出雲市塩津町石上神社の地で誕生。誕生後沼田郷に移動。
BC30年頃 5 布都御魂、出雲王八束水臣津野命と協力し韓国より先進技術を導入(国引神話)
BC20年頃 15 斐川町出西の久武神社の地に居住
奥出雲地方を訪問し稲田姫と知り合う。
BC18年頃 17 稲田姫と結婚し久武神社近くの稲城の森で新婚生活を送る。
ヤマタノオロチが稲田姫を奪う。
ヤマタノオロチを木次の八本杉の地で殺害し稲田姫を奪い返す。
八重垣神社の地に隠れ住む
BC15年頃 20 出雲国を建国し須我神社の地を都とする。
出雲国内を巡回する。
合議制の政治体系を確立する。
BC12年頃 23 対馬に赴き対馬国を建国。朝鮮半島への足掛かりを作る。
日本列島統一を決意。統一国家の名称を倭国とする。
BC10年頃 25 朝鮮半島に赴き先進技術を取り入れる。
中国山地を超え鞆の浦に瀬戸内海地方統一の拠点を作る。
BC5年頃 30 瀬戸内海沿岸地方を巡回し、先進技術を示し次々と倭国に加盟させる。
AD1年頃 35 瀬戸内海沿岸地域が統一される。
大分県宇佐地方を統一し、以後の九州統一の足掛かりとして宇佐地方に拠点を移す。
AD3年頃 37 大分川大野川流域地方の統一
AD4年頃 39 土佐地方の統一
AD5年頃 40 北九州主要部の戦乱を収め、北九州地方の統一完了
高皇産霊神との協力体制を確立。
AD10年頃 45 南九州地方統一に出発。宮崎の加江田にいた伊弉諾一族と出会う。
伊弉諾一族の娘日向津姫と結婚。
AD11年頃 46 伊弉諾一族の協力を得て、都城一帯を統一。拠点を東霧島神社の地に移す。
AD12年頃 47 鹿児島県国分地方一帯を統一し、拠点を鹿児島神宮の地に移す。
AD15年頃 50 拠点を再び安心院の地に遷し、ここに倭国の都とし、倭国の統治体制を固める。
伊弉諾命、伊弉冊命を伴って近畿地方統一に出発。
AD17年頃 51 山城盆地、近江盆地一帯の統一。
大阪湾岸地方の統一に失敗。
紀伊半島に回る。
AD20年頃 55 倭国の基礎固めを決意
伊弉諾命は紀伊半島の統治。
素戔嗚尊出雲に戻り、大国主命に対して越国統一を命じる。
伊弉冊命は出雲で製鉄事業を始める
安心院に帰還
大阪湾岸地方を統一するためにマレビト作戦を実行することとし、饒速日尊にマレビト集めを依頼
AD25年頃 60 伊弉冊命出雲で亡くなる。
素戔嗚出雲帰還。大国主命に第二代倭国王を譲る。佐田神社の地で隠棲する。
饒速日尊率いる天孫降臨団九州を出発
AD27年頃 62 出雲市唐川地区で製鉄作業を指導
AD30年頃 65 素戔嗚尊死去(製鉄中の事故と思われる)
唐川地区に埋葬

[年表] 百済王修正年代

[年表] 百済王修正年代
半年一年暦から中国暦へ
日本古代は半年で1年と数える暦を用いていたようである。
朝鮮半島の百済及び新羅も半年一年暦を用いていたと思われる。
明らかに同世代とわかる
日本の神功皇后、
百済の近肖古王、
新羅の奈勿王
から7世代前が百済の始祖温祚、8世代前が新羅の始祖赫居世である。
日本の天皇と照合すると、
温祚が第6代孝安天皇、
赫居世が第5代孝昭天皇
と同世代となる。
三国史記では、温祚はBC18年、赫居世はBC58年即位となっている。
百済、新羅も半年一年暦を用いていたためにこのずれが生じたと考えられる。
新羅・百済の実態
しかし、新羅本紀の伝承に修正すべきところがみつかっている。
うみのさわら氏「邪馬台国と大和朝廷を推理する」より
第一の定点は、8代阿達羅(あたら)尼師今(にしきん)の20年の記事です。
そこには、倭の女王卑弥呼が使者を派遣して来訪させたとあります。
初めこの記事を信用して、年代修正をしました。
すると、16代訖解(きっかい)尼師今の310年から中国暦を採用したことになりました。
この場合、卑弥呼の記事を173年から242年に修正することになりました。
ところがこの修正にはあとで問題が発生しました。
第二の定点は、15代基臨(きりん)尼師今の3年の記事です。
そこには、楽浪・帯方の二国(二郡)が服属してきたとあります。
この記事が、二郡からの難民の流入を示すとすれば、314年以後のことと理解できます。
この記事に着目して年代修正すると、17代奈勿(なもち)尼師今の356年から中国暦を採用したことになりました。
この場合二郡からの難民の移住は328年のことになって、無理がありません。
しかし第一の定点では、難民の移住は305年になって、不自然です。
また、第二の定点による修正では、卑弥呼の記事は265年になります。
この年は魏が滅んで晋に変わった年で、女王台与が晋に朝貢した前年にあたります。
これは一見無理のようですが、卑弥呼を台与の誤りと見れば、問題がなくなります。
したがって二つの定点のうち、第二の定点が正しいと思われます。
 新羅の王家には三つの姓があります。初めは朴氏の王がいましたが、次に昔氏の王が現れました。
そして17代奈勿(なもち)尼師今からは金氏の王が続きます。この昔氏から金氏への変わり目が、
半年暦から中国暦への変わり目にもなっています。この年代修正によれば、新羅の建国は150年後半です。
新羅は地理的には中国から遠いのですが、準王や徐福の例もあるように、昔から中国方面からの移住者が多いところです。
「新羅本紀」の3代儒理尼師今の14年の条によれば、高句麗の3代大武神王が楽浪を滅ぼしたので、
その国人五千人が新羅に投降したと書かれています。紀年を修正すると、この年は197年になります。 

古代史の復元
http://www.geocities.jp/mb1527/N1-02-1nendaisuitei.html
http://www.geocities.jp/mb1527/mokuji.htm










百済王修正年代
百済本紀 修正
即位 退位 在位 即位年 退位年 在位年
1 1 温 祚 -18 28 47 163.5 186.5 23
2 2 多 婁 28 77 50 186.5 211 24.5
3 3 己 婁 77 128 52 211 236.5 25.5
4 4 蓋 婁 128 166 39 236.5 255.5 19
5 5 肖 古 166 214 49 255.5 279.5 24
6 6 仇 首 214 234 21 279.5 289.5 10
7 7 沙 伴 234 234 1 289.5 289.5 0
8 5 古 爾 234 286 53 289.5 315.5 26
9 6 責 稽 286 298 13 315.5 321.5 6
10 7 汾 西 298 304 7 321.5 324.5 3
11 7 比 流 304 344 41 324.5 344.5 20
12 8 344 346 3 345 346 1
13 8 近肖古 346 375 30 346 375 29
14 9 近仇首 375 384 10 375 384 9

[年表] 半年一年暦西暦対応表


半年一年暦西暦対応表
番号 応神朝以前 仁徳朝以降
中国暦 半年一年暦 西暦 中国暦 半年一年暦 西暦
1 辛酉 丁丑 戊寅 1 61 121 181 241 301 361 辛酉 辛酉 壬戌 421 481 541 601 661
2 壬戌 己卯 庚辰 2 62 122 182 242 302 362 壬戌 癸亥 甲子 422 482 542 602 662
3 癸亥 辛巳 壬午 3 63 123 183 243 303 363 癸亥 乙丑 丙寅 423 483 543 603 663
4 甲子 癸未 甲申 4 64 124 184 244 304 364 甲子 丁卯 戊辰 424 484 544 604 664
5 乙丑 乙酉 丙戌 5 65 125 185 245 305 365 乙丑 己巳 庚午 425 485 545 605 665
6 丙寅 丁亥 戊子 6 66 126 186 246 306 366 丙寅 辛未 壬申 426 486 546 606 666
7 丁卯 己丑 庚寅 7 67 127 187 247 307 367 丁卯 癸酉 甲戌 427 487 547 607 667
8 戊辰 辛卯 壬辰 8 68 128 188 248 308 368 戊辰 乙亥 丙子 428 488 548 608 668
9 己巳 癸巳 甲午 9 69 129 189 249 309 369 己巳 丁丑 戊寅 429 489 549 609 669
10 庚午 乙未 丙申 10 70 130 190 250 310 370 庚午 己卯 庚辰 430 490 550 610 670
11 辛未 丁酉 戊戌 11 71 131 191 251 311 371 辛未 辛巳 壬午 431 491 551 611 671
12 壬申 己亥 庚子 12 72 132 192 252 312 372 壬申 癸未 甲申 432 492 552 612 672
13 癸酉 辛丑 壬寅 13 73 133 193 253 313 373 癸酉 乙酉 丙戌 433 493 553 613 673
14 甲戌 癸卯 甲辰 14 74 134 194 254 314 374 甲戌 丁亥 戊子 434 494 554 614 674
15 乙亥 乙巳 丙午 15 75 135 195 255 315 375 乙亥 己丑 庚寅 435 495 555 615 675
16 丙子 丁未 戊申 16 76 136 196 256 316 376 丙子 辛卯 壬辰 436 496 556 616 676
17 丁丑 己酉 庚戌 17 77 137 197 257 317 377 丁丑 癸巳 甲午 437 497 557 617 677
18 戊寅 辛亥 壬子 18 78 138 198 258 318 378 戊寅 乙未 丙申 438 498 558 618 678
19 己卯 癸丑 甲寅 19 79 139 199 259 319 379 己卯 丁酉 戊戌 439 499 559 619 679
20 庚辰 乙卯 丙辰 20 80 140 200 260 320 380 庚辰 己亥 庚子 440 500 560 620 680
21 辛巳 丁巳 戊午 21 81 141 201 261 321 381 辛巳 辛丑 壬寅 441 501 561 621 681
22 壬午 己未 庚申 22 82 142 202 262 322 382 壬午 癸卯 甲辰 442 502 562 622 682
23 癸未 辛酉 壬戌 23 83 143 203 263 323 383 癸未 乙巳 丙午 443 503 563 623 683
24 甲申 癸亥 甲子 24 84 144 204 264 324 384 甲申 丁未 戊申 444 504 564 624 684
25 乙酉 乙丑 丙寅 25 85 145 205 265 325 385 乙酉 己酉 庚戌 445 505 565 625 685
26 丙戌 丁卯 戊辰 26 86 146 206 266 326 386 丙戌 辛亥 壬子 446 506 566 626 686
27 丁亥 己巳 庚午 27 87 147 207 267 327 387 丁亥 癸丑 甲寅 447 507 567 627 687
28 戊子 辛未 壬申 28 88 148 208 268 328 388 戊子 乙卯 丙辰 448 508 568 628 688
29 己丑 癸酉 甲戌 29 89 149 209 269 329 389 己丑 丁巳 戊午 449 509 569 629 689
30 庚寅 乙亥 丙子 30 90 150 210 270 330 390 庚寅 己未 庚申 450 510 570 630 690
31 辛卯 丁丑 戊寅 31 91 151 211 271 331 391 辛卯 辛酉 壬戌 451 511 571 631 691
32 壬辰 己卯 庚辰 32 92 152 212 272 332 392 壬辰 癸亥 甲子 452 512 572 632 692
33 癸巳 辛巳 壬午 33 93 153 213 273 333 393 癸巳 乙丑 丙寅 453 513 573 633 693
34 甲午 癸未 甲申 34 94 154 214 274 334 394 甲午 丁卯 戊辰 454 514 574 634 694
35 乙未 乙酉 丙戌 35 95 155 215 275 335 395 乙未 己巳 庚午 455 515 575 635 695
36 丙申 丁亥 戊子 36 96 156 216 276 336 396 丙申 辛未 壬申 456 516 576 636 696
37 丁酉 己丑 庚寅 37 97 157 217 277 337 丁酉 癸酉 甲戌 397 457 517 577 637 697
38 戊戌 辛卯 壬辰 38 98 158 218 278 338 戊戌 乙亥 丙子 398 458 518 578 638 698
39 己亥 癸巳 甲午 39 99 159 219 279 339 己亥 丁丑 戊寅 399 459 519 579 639 699
40 庚子 乙未 丙申 40 100 160 220 280 340 庚子 己卯 庚辰 400 460 520 580 640 700
41 辛丑 丁酉 戊戌 41 101 161 221 281 341 辛丑 辛巳 壬午 401 461 521 581 641 701
42 壬寅 己亥 庚子 42 102 162 222 282 342 壬寅 癸未 甲申 402 462 522 582 642 702
43 癸卯 辛丑 壬寅 43 103 163 223 283 343 癸卯 乙酉 丙戌 403 463 523 583 643 703
44 甲辰 癸卯 甲辰 44 104 164 224 284 344 甲辰 丁亥 戊子 404 464 524 584 644 704
45 乙巳 乙巳 丙午 45 105 165 225 285 345 乙巳 己丑 庚寅 405 465 525 585 645 705
46 丙午 丁未 戊申 46 106 166 226 286 346 丙午 辛卯 壬辰 406 466 526 586 646 706
47 丁未 己酉 庚戌 47 107 167 227 287 347 丁未 癸巳 甲午 407 467 527 587 647 707
48 戊申 辛亥 壬子 48 108 168 228 288 348 戊申 乙未 丙申 408 468 528 588 648 708
49 己酉 癸丑 甲寅 49 109 169 229 289 349 己酉 丁酉 戊戌 409 469 529 589 649 709
50 庚戌 乙卯 丙辰 50 110 170 230 290 350 庚戌 己亥 庚子 410 470 530 590 650 710
51 辛亥 丁巳 戊午 51 111 171 231 291 351 辛亥 辛丑 壬寅 411 471 531 591 651 711
52 壬子 己未 庚申 52 112 172 232 292 352 壬子 癸卯 甲辰 412 472 532 592 652 712
53 癸丑 辛酉 壬戌 53 113 173 233 293 353 癸丑 乙巳 丙午 413 473 533 593 653 713
54 甲寅 癸亥 甲子 54 114 174 234 294 354 甲寅 丁未 戊申 414 474 534 594 654 714
55 乙卯 乙丑 丙寅 55 115 175 235 295 355 乙卯 己酉 庚戌 415 475 535 595 655 715
56 丙辰 丁卯 戊辰 56 116 176 236 296 356 丙辰 辛亥 壬子 416 476 536 596 656 716
57 丁巳 己巳 庚午 57 117 177 237 297 357 丁巳 癸丑 甲寅 417 477 537 597 657 717
58 戊午 辛未 壬申 58 118 178 238 298 358 戊午 乙卯 丙辰 418 478 538 598 658 718
59 己未 癸酉 甲戌 59 119 179 239 299 359 己未 丁巳 戊午 419 479 539 599 659 719
60 庚申 乙亥 丙子 60 120 180 240 300 360 庚申 己未 庚申 420 480 540 600 660 720

[年表] 歴代天皇の崩年干支照合

歴代天皇の崩年干支照合
書紀 古代史の復元 書紀 古事記 古代史の復元
即位 西暦 中国暦 旧半年暦 新半年暦 崩御 崩御 西暦 中国暦 旧半年暦 新半年暦
1 神武天皇 辛酉 83 癸未 辛酉 壬戌 丙子 120 庚申 乙亥 丙子
2 綏靖天皇 庚辰 101 辛丑 丁酉 戊戌 壬子
3 安寧天皇 癸丑 104 甲辰 癸卯 甲辰 庚寅
4 懿徳天皇 辛卯 106 丙午 丁未 戊申 甲子
5 孝昭天皇 丙寅 117 丁巳 己巳 庚午 戊子
6 孝安天皇 己丑 144 甲申 癸亥 甲子 庚午 177 丁巳 己巳 庚午
7 孝霊天皇 辛未 178 戊午 辛未 壬申 丙戌 185 乙丑 乙酉 丙戌
8 孝元天皇 丁亥 186 丙寅 丁亥 戊子 癸未 214 甲午 癸未 甲申
9 開化天皇 甲申 214 甲午 癸未 甲申 癸未 244 甲子 癸未 甲申
10 崇神天皇 甲申 244 甲子 癸未 甲申 辛卯 戊寅 278 戊戌 辛卯 壬辰 戊寅を半年一年暦の干支と考えた時の中国暦による干支が辛卯
11 垂仁天皇 壬辰 278 戊戌 辛卯 壬辰 庚午 297 丁巳 己巳 庚午
12 景行天皇 辛未 298 戊午 辛未 壬申 庚午 324 甲申 癸亥 甲子
13 成務天皇 辛未 325 乙酉 乙丑 丙寅 庚午 乙卯 327 丁亥 己巳 庚午 乙卯と庚午は15年ずれ
14 仲哀天皇 壬申 328 戊子 辛未 壬申 庚辰 壬戌 332 壬辰 己卯 庚辰 庚辰を半年一年暦とした時の中国暦壬戌
神功皇后 辛巳 333 癸巳 辛巳 壬午 己丑 389 己丑 癸酉 甲戌
15 応神天皇 庚寅 367 丁卯 己丑 庚寅 庚午 甲午 394 甲午 癸未 甲申 庚午と甲午は24年ずれ
16 仁徳天皇 癸酉 397 丁酉 己丑 庚寅 癸酉 甲戌 己亥 丁卯 427 丁卯 己丑 庚寅 癸酉 甲戌 己亥と丁卯は28年ずれ
17 履中天皇 庚子 427 丁卯 己丑 庚寅 癸酉 甲戌 乙巳 壬申 432 壬申 己亥 庚子 癸未 甲申 乙巳と壬申は27年ずれ
18 反正天皇 丙午 433 丙午 辛丑 壬寅 乙酉 丙戌 庚戌 丁丑 437 丁丑 己酉 庚戌 癸巳 甲午 庚戌と丁丑は27年ずれ
19 允恭天皇 壬子 438 戊寅 辛亥 壬子 乙未 丙申 癸巳 甲午 459 己亥 癸巳 甲午 丁丑 戊寅 癸巳と己亥は6年ずれ
20 安康天皇 甲午 460 庚子 己卯 庚辰 丙申 462 壬寅 癸未 甲申 丙申と壬寅は6年ずれ
21 雄略天皇 丁酉 463 癸卯 乙酉 丙戌 己未 己巳 485 乙丑 己巳 庚午 己未と乙丑は6年ずれ
22 清寧天皇 庚申 486 丙寅 辛未 壬申 甲子 490 庚午 己卯 庚辰 甲子と庚午は6年ずれ
23 顕宗天皇 乙丑 491 辛未 辛巳 壬午 丁卯 493 癸酉 乙酉 丙戌 丁卯と癸酉は6年ずれ
24 仁賢天皇 戊辰 494 甲戌 丁亥 戊子 戊寅 501 辛巳 辛丑 壬寅 戊寅と辛巳は3年ずれ
25 武烈天皇 己卯 502 壬午 癸卯 甲辰 丙戌 509 己丑 丁巳 戊午 丙戌と己丑は3年ずれ
26 継体天皇 丁亥 510 庚寅 己未 庚申 辛亥 丁未 534 甲寅 丁未 戊申 辛亥と甲寅は3年ずれ
27 安閑天皇 甲寅 534 甲寅 丁未 戊申 乙卯 乙卯 535 乙卯 己酉 庚戌 ずれなし
28 宣化天皇 丙辰 536 丙辰 辛亥 壬子 己未 539 己未 丁巳 戊午 ずれなし
29 欽明天皇 庚申 540 庚申 己未 庚申 辛卯 571 辛卯 辛酉 壬戌 ずれなし

2019年3月15日金曜日

伊勢白山道: 元号あれこれ

伊勢白山道: 元号あれこれ
2019-01-05 12:01:10
2019年の天体、星座の位置を観ていますと、思い浮かびますことは、奈良時代の
聖武天皇(しょうむ てんのう:在位724年3月3日~ 749年8月19日)
の時代が転写しやすい傾向を感得します。
聖武天皇の時代の元号は、
神亀(じんき)→ 天平(てんぴょう)→ 天平感宝(てんぴょうかんぽう)。
奈良時代の全体でも、「天平」という漢字が付く元号がもっとも多く見られます。
ちなみに、新元号については、事前に話題に上った漢字は外されるそうです。
だから、これから色々な予想が社会で行われるでしょうが、外される可能性が高いです、笑。
決める委員会の方々も、ネット上の話題に上がる漢字をチェックされると予想します。
3月末頃に最終決定をして、4月1日に発表という流れなのでしょう。
・ ただ、時代の背景に流れる因子を、奈良時代から考えて観ますと、
天平の「平」(たいら)という因子を中心の思想に置いて、平和、安心、栄える、という希望を含ませる漢字と合成した2文字を想定します。
・ 安心の「安」には、女性という漢字が含まれます。
これからの女性活躍社会ということで、「安」も時代の因子として存在します。
・ 明治M→大正T→昭和S→平成H→ 
最初のアルファベットが、コンピュータ上で大事に成ります。
新規・新たな始まり、を考えればA・アの発音は意識されやすいです。
しかし、以上の因子で合成された文字は、過去の元号に使用済みが多く成ります。同じ元号は避けられます。
次に、時代背景と重要に成るのは、
・ 「水」 
水害の意味でも、貴重な命の水の意味でも、水がキーワードに。
奈良時代を想像しますと、
・ 「地震」と「噴火」の多発。
724年 聖武天皇が即位された後に。
725年ごろ 平城京のある奈良周辺で大地震あり。
734年4月~9月 近畿地方(大和・河内)で大地震・・・・・(南海地震に注意)
742年11月 大隅(鹿児島県)の海底で火山噴火
744年5月 肥後(熊本)で地震
745年4月 美濃(岐阜県)などで地震。平城京へ戻る。・・・・濃尾地震(1891年10月28日に発生した、日本史上最大の破局的な大地震)
こういう因子が、現代に再生しないように、事前に想定することで無難に出来ます。
知らなかった。
想定外。
これを事前に注意して無くして行くことが、「量子力学」(多くの人間が思うことで結果が変わる物理現象)として可能なのです。
だから2019年からは、
・ 「防災」も時代の因子に入ります。
新元号は、まだ白紙です。未来は白紙です。
ただ未来には、傾向と方向性が、上記の因子のように出ているだけです。
常に今が、最優先で置き換わります。
個人の運命にも同じことが言えます。
新元号の候補には数十件は上がっていることでしょう。
皆さんで、以上の因子を参考にして、考えて行くことで歴史の勉強も出来ます。
楽しく考えて見ることも参考にしてください。
過去の元号、既出の文字と、被らない組み合わせが有れば、教えてね~。
生かして頂いて 有り難う御座います

伊勢白山道
https://blog.goo.ne.jp/isehakusandou/e/e42e7d2a7f44268629b1ece282b22c2a
https://blog.goo.ne.jp/isehakusandou
http://www.geocities.jp/poriporry/m/
http://www.geocities.jp/poriporry/m/g_all.html
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ヤス: 世界不況突入は本当に回避できるのか?

ヤス: 世界不況突入は本当に回避できるのか? 
2019.2
2月になった。米中貿易戦争の激化、世界各地のポピュリズムの運動など、2019年は昨年以上に激しい変動の年になりそうだ。
しかし、やはり気になるのは経済である。近いうちに深刻な世界不況がやってくる可能性があるのかどうか今回は検討してみる。
日本の主要メディアでは、2019年は日本でもアメリカでも経済のファンダメンタルズがよいので、多少の減速はあるもののゆるやかな成長は堅持されるとの見通しが多い。たしかに、日米の雇用統計や個人消費、そして住宅着工件数などの基本的な指標を見ると、伸びがスローダウンしている数値はあるものの、悪化はしていない。そうした数値を見ると、ファンダメンタルズはよいので不況はないとする見通しにもそれなりの根拠があるように見える。
しかしながら、トランプ政権の保護主義政策、米中の出口の見えない貿易戦争、イギリスの合意なきEU離脱の可能性、ヨーロッパを席巻するナショナリストのポピュリズム運動など世界経済の拡大を支えていた自由なグローバル経済の基本的な枠組みが、目の前で崩壊しつつある。
そうした状況で、世界経済がこれから深刻な不況に突入し、日本を含め各国にも大きな影響が出てくるのではないかという不安がある。ファンダメンタルズがよいので経済は大丈夫だとはいっていられない状況なのではないだろうか? そんな疑問があってもおかしくない。本当はどうなのだろうか? 実際の状況がどうなっているのか知りたいという気持ちが強くなっている。 
●IMFによる世界経済見通し
 そのようなとき、IMF(国際通貨基金)は2019年の世界経済見通しを発表した。
これは、半年前に発表された見通しの下方修正したものだ。
世界経済全体の成長率は
2019年で3.5%,
2020年は3.6%
の見通しとなった。
これは前回の発表よりもそれぞれ
0.2%,
0.1%
に下方修正された。
また、アメリカは従来と同じ2.5%に据え置き、2020年に1.8%に減速すると予測した。
共和党主導の減税措置の効果が薄れ、景気が金利上昇に反応すると指摘した。
さらに日本の成長率については、政府が10月の消費増税を見据えた経済対策を発表したのを受け、2019年を1.1%,
2020年を0.5%
とそれぞれ0.2ポイントずつ予想を上方修正した。
そして中国の今年と来年の成長率予想は6.2%に据え置いた。
インドの今年の成長率は従来予想より0.1ポイント引き上げ7.5%とし、2020年は7.7%との見通しを示した。
これを見ると、2019年や2020年に世界経済の減速は限定的で、不況に突入するとは考えられないという感じだ。
●中国政府の公式発表
またほぼ同じタイミングで、中国政府は2018年度のGDP成長率を発表した。
2018年の第4四半期(10月から12月)のGDP成長率は前年同時期と比べてプラス6.4%にとどまり、2018年の第3四半期の6.5%からは0.1%減速した。
昨年1年間のGDPは6.6%で、これは天安門事件翌年の1990年以来、28年ぶりの低水準である。
中国経済の減速は大きく報道されているものの、これは中国政府が2018年の目標成長率が6.5%なので、たいした減速ではないのではないかとの印象を持つ。
貿易戦争による厳しい高関税の適用にもかかわらず、中国経済はそれなりに健闘しているように見える。
●IMFの発表したドイツ経済の減速
いま主要メディアで報道されているこのような内容を見ると、将来いずれかの時点で不況がやってくるとしても、少なくともそれは2019年や2020年ではないと考えられる。
この見通しは多くのエコノミストの予想とも一致している。しかし、IMFが発表した経済見通しの数値や、さまざまな機関が発表した中国経済の数値を見ると、こんな悠長なことをいっていられる状況ではないことがはっきりする。
焦点となるのはヨーロッパの数値だ。
特にドイツ経済の減速が深刻だ。
2019年におけるドイツの成長率の見通しは1.3%
と昨年10月の見通しから
30%(0.6ポイント)も下方修正した。
2017年のドイツの成長率は2.4%だったので、それと比べるとこの数値は、ドイツが不況に突入したといってもよいくらいの減速だ。
また、国債の利回り上昇が成長の障害となっているイタリアは0.4ポイントの下方修正で、2019年と2020年はそれぞれ0.6%と0.9%の成長になった。
さらに「黄色いベスト」の抗議運動が続くフランスは、
2019年が1.5%,
2020年が1.6%
で、2019年は0.1ポイントの減速となった。
2019年におけるユーロ圏全体の成長率は、従来よりも0.3パーセント低い1.6%であった。
2017年が2.5%の成長率だったので、これは大きな減速だ。
2019年は、イギリスの合意なきEU離脱や、EU解体を主張する極右政党の躍進が予想されているEU議会選挙など、結果が予測できない出来事が多い年になる。これらの出来事の思わぬ結果からEU全体が不安定になり、ユーロ圏全体がさらに減速して、不況に突入する懸念も出てきている。
●中国の実質成長率は1.67%?
しかし、これ以上に深刻な状況は中国だ。
さまざまな機関が中国経済の数値を発表しているが、どれも予想を越えた悪さだ。
2018年12月の輸入は5パーセントの増加を予想していたものの、対前年比で7.6%の減少だった。
また輸出も、3%の増加を期待していたものの4.4%減少していた。
そのうち、スマホの輸出は、前年度比15.5%の下落、自動車の販売台数は5.8%の減少であった。
また失業率も悪化している。
2018年は4.9%であった。
これは、世界経済が実質的に収縮した2008年から2009年の金融危機のときの失業率、4.2%と4.3%よりも高い。
このときは、失業率の悪化による社会不安の増加が懸念された。
10年前ほどではないものの、中国の製造業は、依然として内陸部の農村から都市部に移動してきた農民工の労働に依存している。
もしこの層の失業率が金融危機時の水準を越えて上昇すると、社会不安の背景にもなるとも懸念されている。
このような中国経済の状況を見ると、成長率は政府発表の6.4%なのかどうか疑念が出てきてもおかしくない。 
政府が発表する統計値には以前から疑念があったが、それが再燃している。
そのようなとき、北京にある有名大学のひとつである「中国人民大学」金融学部教授、向松祚(シャン・ソンゾウ)は、参加した経済セミナーで驚くべき発表を行った。
シャン・ソンゾウ教授はある政府機関には中国の実質的な成長率の試算した内部報告書があり、それには2つに成長率が記載されていたという。そのうちのひとつは
成長率を1.67%としていた。
そしてもうひとつの試算はマイナス成長であったとしている。もちろん日本の主要メディアでは報道されていないが、このシャン・ソンゾウ教授のこの発表は世界を駆け巡った。
いくらなんでも1.67%とは低すぎるのではないかと異論も多いが、それでも実態は公式成長率の6.4%よりははるかに低いはずだとの見方が一般的になっている。
しかし万が一、シャン・ソンゾウ教授のいうように中国の成長率は1.67%であったとするなら、これは改革開放政策の実施で中国の資本主義的な発展の端緒が切られた1978年以前の1974年前後の成長率だ。
もしこれが事実なら、中国は不況どころではない。これまで40年間、中国の成長モデルであった国家資本主義の妥当性が問われる事態にもなりかねない。もちろんこれは、これから世界経済に甚大な影響を与えるはずだ。
●OECDの景気先行指数
 また、最近発表されたOECD(経済開発機構)の景気先行指数もこれから深刻な不況に入ることを示唆している。
 これは、OECDが各国の経済指標から今後6ヵ月の景気動向を予測した数値だ。
この数値が99.3を下回ると、今後数ヵ月以内に不況に突入する可能性が高くなるとしている。
過去に99.3を下回った
1970年、
1974年、
1980年、
1981年、
2001年、
2008年
と予測は的中し、すべて不況に突入している。
景気先行指数は昨年の11月に発表されたものが最新だが、ちょうど不況突入の分かれ目となる数値の99.3であった。
ということは、昨年の11月から半年以内、つまり5月くらいまでに世界が本格的な不況に突入してもおかしくないことを示している。
●アメリカの危ない数値
また、IMFの経済見通しでは2.5%に据え置かれた2019年度のアメリカの経済成長率だが、そのような楽観的な見通しに逆行する数値が多い。
住宅販売件数は、景況判断の重要な指標である。昨年12月の販売権数は11%と大きく下落した。
これは2016年以来最大の下落だ。
また新築住宅に限ると、2018年12月はピークだった2017年12月と比べて18%も下落した。
ローン金利の上昇を受けて2008年のリーマンショック以降比較的順調に上昇していた住宅価格は、下落に転じる可能性が大きくなっている。
さらに、新卒者の求人件数も下落に転じた。昨年末には、過去8年間で初めて求人数は1.3パーセント下落した。ある調査機関によると、無作為に350名の新卒者を抽出して調査したところ、75パーセントが就職できていなかったという。
●広がるアメリカ経済の悲観的な見通し
 こうした状況を受けて、大手コンサルの「PwCコンサルティング」が1300社の大手企業のCEOの調査機関したところ30%が
2019年は不況になる
と回答した。
2018年には5%だったので、これは大きな増加だ。
普通、企業の経営者は悲観的な見通しの公表を好まないものだが、今回は例外的だ。
経済の落ち込む可能性を深刻にとらえている現れだ。
また、大手投資銀行、「モルガン・スタンレー」の債権担当ストラテジストは、これから少しでも悪い数値が出てくると、ダウは昨年のクリスマスイヴの下げ幅を越えて下落し、それに伴い不況は確実にやってくるとした。そして、「不況を怖がってはならない。受け入れるしかない」とアドバイスしている。
さらに、メリーランド州議会の「予算税収委員会」に参考人として呼ばれた大手格付け機関、「ムーディーズ」のアナリストは、すべての指標がこれから不況に突入することを示しているとし、遅くとも2020年の半ばまでには深刻な不況になるはずだと予測した。
ということで、2019年にも不況に突入してもおかしくない状況だ。
●1929年に少し似ているかも?
これがいまの状況だ。海外のメディアを読むと、楽観的な情勢判断はなりを潜め、経済の先行きを懸念する悲観的な見通しを伝える記事や番組が日毎に増えているのが分かる。
これは大恐慌の引き金になった1929年10月の「暗黒の木曜日」とそれに続く数年間に似た状況のような気もする。
1929年には設備投資、住宅販売、雇用率、個人消費などのファンダメンタルズが若干悪化していた。しかしその下げ幅は景気循環の下降局面に典型的な水準だったので、翌年には自律的に回復できるレベルだった。しかし、バブルで膨れ上がった当時の株式市場はこのファンダメンタルズの悪化に過剰反応してパニック売りとなり、株は大暴落した。
そして、この大暴落が引き金となって発生した金融危機により、実体経済はどん底まで突き落とされた。その本格的な回復は、1940年代の戦時体制までかかった。
つまり、ファンダメンタルズの悪化によって不況が徐々に進行したのではなく、市場の暴落による金融危機が実体経済を深刻な不況へと引き込んだのである。
もしかしたら、いま世界はこの方向に向かっているのかもしれない。アメリカや中国で予想を越えた悪い数値がひとつだけ発表されただけで、市場は暴落しかねない。崩壊しつつあるグローバル経済の枠組みと、その後にやってくる不確定な未来を目の前にして、市場関係者は大きな不安に駆られている。
いつクラッシュが起こるかは予想できないが、筆者のメルマガでは全力で情報収集し、それが起こるタイミングと、対処方法を提示したい。

ヤスのちょっとスピリチュアルな世界情勢予測
http://funaiyukio.com/yasu/

エド・デイムス最新予言, 2019/3

エド・デイムス最新予言, 2019/3 
3月15日に公開された最新予言
東日本大震災と放射能の影響について
・私は日本のテレビに出演するエド・デイムスため、2003年に日本に行った。そのとき、東京の大地震の可能性を遠隔透視してみたが、結果は巨大な地震は来るものの東京はあまり被害を受けないということであった。だが、原子力発電所が破壊され、チェルノブイリを越える放射能漏れがあるとの透視結果を得た。まさにその通りになった。
・ところで日本だが、残念ながらこれから膨大な人々に放射能の影響が出る。
(※デイムス少佐はどんな影響がどの地域で出るのもう少し具体的に語っているが、これは影響力が大きいのでブログには掲載しないことにした。メルマガに掲載する。)
太陽フレアの直撃について
・やはり次の自然災害でもっとも警戒しなければならないのは、私がキルショットと呼ぶ巨大な太陽フレアの直撃である。もし巨大な太陽フレアが北米のどこかを直撃したら、その地域では発電所は停止し、二度と回復しないだろう。
・直撃する巨大太陽フレアはひとつではない。連続していくつかの巨大フレアが直撃する。これは2013年から2014年にかけて起こるはずだ。いまから準備しなければならない。
・7年から8年前、インド人の旅行者はチベットを訪れラマ教の僧に会ったところ、彼らは我々が予告しているキルショットと同じことが起こると予見していた。
・キルショットは原子力発電所を停止させ、大規模な放射能漏れを引き起こすはずだ。停電が長期間続くため、炉心を冷やすことができなくなるのだ。原子力発電所が備蓄している自家発電用の重油を使い切ると危ない。
太陽フレアの安全な場所について
・興味深いことに、どの個人もキルショットから逃れることができる安全な場所を潜在的に知っているようだ。それは我々の無意識が知っており、それにきちんとアクセスすることができると安全な場所に導かれる。
・少し前、私はある人からその人にとってもっとも安全な場所がどこなのか遠隔透視をしてみた。すると、モンタナ州のホワイトフィッシュという地域であることが分かった。だが、私はこれを公表してしまったため、まともではない連中がこの地域に押し寄せてしまった。このため、ここは安全な場所とはもはや言えない状態になった。公表したのは私の間違いだった。
・キルショットから安全にいられる都市も存在する。ひとつは、ニュージーランドのクライストチャーチだ。クライストチャーチは大きな地震の被害を受けた地域なので、人々が自然災害への準備ができている。たとえば、しばらく前、首都のウエリントン近郊で停電が6週間も続いたことがあった。だが、犯罪率はまったく上昇しなかった。このように、ニュージーランドは安全が確保できるので、キルショットからの避難場所になる条件があるのだ。
・巨大太陽フレアの直撃が始まると、南半球はもっとも大きな被害を受ける。私は地球物理学の専門家ではないのではっきりした理由は分からないが、南半球では、クライストチャーチのような安全な地域はわずかしかない。オーストラリア大陸全体では安全な場所はほんの数カ所だけだ。
・いま世界中で空から奇妙な音が聞こえているが、これは地球の核が変化を起こしている証拠だ。空から聞こえる音は、地球の核がなんらかの原因で圧迫され音を出しているのだ。核の変化は大きな気候変動を誘発する。
・キルショットによる環境変動で大きな変化が訪れる。アフリカには安全な場所はまったくないと考えたほうがよい。キルショットが直撃するだけではなく、これによる社会混乱で秩序が失われるため、安全がまったく確保できなくなるのだ。
・キルショットの後、崩壊した社会を再建することになるが、生き残っている人口はかなり少ない。
5億人くらいかもしれない。
ハルマゲドンのような破滅のイメージが存在しているが、キルショットはまさにそうしたものに近い。
・地球が意識を持つとするガイアという概念があるが、これはまさに事実である。
地球は意識を持っている。
・25年前からだが、地球は太陽などの他の惑星に助けを求めるシグナルを送り始めたことが遠隔透視で分かった。
キルショットはこの結果であろう。
地球外生物について
・私はチベットのラマ僧と対話をした。私が遠隔透視で見たビジョンはラマ僧も共有していた。我々は破滅に向かっているように見えるが、ひとつだけ明るいビジョンが存在する。キルショットの放出の後、地球の環境は激変するため、それこそ映画マッドマックスにあるようなサバイバルが強いられる環境となる。だが、しばらくして太陽フレアの放出や環境変動が落ち着くと、地球外生命体がやってきて地球環境の再構築を助けてくれる。これはラマ僧も共有しているビジョンだ。
・これは極秘の情報が含まれるため、いまの段階で全部公開することはできないが、彼らはすでに地球に来ている。
外見は人間とまったく同じだ。
すでに彼らはさまざまな機会に介入し、我々を手助けしている。
・ただ外見は同じだと言っても我々にそのようの見えるというだけのことだ。
彼らは人間の意識に働きかけ、我々の知覚を変化させることができる。
だが実際は外見が人間と異なる種族も存在する。彼らは異次元の存在でもある。
・1954年以来、彼らはすでに3回も第3次大戦が始まるのを回避させてくれた。たとえば、数年前、アメリカのトライデント型潜水艦が核ミサイルの発射実験を行ったとき、プラズマのボールのようなものが出現した。
それがミサイルの核弾頭にビームを発射し、ミサイルが軌道を外れたが、これは彼らの介入の例だ。
・この事件が起こったとき、軍とCIAはこれに関する何かの情報がないか私に問い合わせてきた。
私は透視結果を彼らに伝えた。
このプラズマボールは乗り物ではない。
なにかの装置のようなものだ。
これは地球にある彼らの基地から放射されているはずだ。
・この装置を開発したものたちは、人間そっくりだが地球の生まれではない。
だが、地球上の基地からやってきている。彼らがどのくらい前から地球にいるのかは分からない。
・彼らはすべての国が保有するすべての核弾頭を把握している。
のみならず、放射能を除去する装置も持っている。私は遠隔透視でこの装置を実際に見た。
・地球外生物は宇宙の進化のために我々に介入している。宇宙の進化は、人間のような劣等な種族が進化することで実現する。一方、人間はこのまま行くと自滅してしまう危険性もある。そこで地球外生物は、人間が自滅して進化の軌道を逸れてしまわないように介入してくるのだ。ただ、進化できるように、過保護になるような介入はしない。
イランや中国に関して
・アメリカはすでに2年前にバンカーバスターという地下施設破壊用の爆弾をイスラエルに売っている。イスラエルはこれをF15戦闘機に搭載できるように、機体を大幅に改造した。イスラエルは使用しない兵器は買わない国である。いつかは分からないが、イスラエルはこれを用いてイランを攻撃するはずだ。イスラエルはすでにいつでも攻撃できるように準備している。
・この攻撃に対してイランがどのように反応するか私はまだ遠隔透視を行っていない。実はこれと北朝鮮の情勢が連動している。中国は極めて優秀だ。彼らは50年の長期計画を持っている。アメリカはたかだか5年計画だが大きな違いだ。中国は北朝鮮と台湾のカードを切るはずだ。
・イランの攻撃が始まるとアメリカも巻き込まれる。戦争が始まってしばらくすると、アメリカはこの戦争に手一杯となり、北朝鮮や台湾のために十分な兵力を配備できなくなる。いまのアメリカは2つの戦争を同時に戦う国力はない。
・これこそ中国が待ち望んでいた状況だ。イラン攻撃の開始からしばらくすると、中国海軍の空母が台湾沖に突然と出現する。台湾を併合するためだ。
・イスラエルがイランを攻撃すると、世界はイスラエルに対して激怒する。
これからの経済について
・以前に出演したときに、いずれドイツはユーロを捨てるがEUには止まると発言したが、私はこの予測を変更していない。
・いま人々は中東を注目しているが、実はもっとも危険なのは日本である。
日本の経済の規模は、ギリシャやスペインやイタリアどころの話ではない。
規模は巨大なのだ。
だれも予想していないときに日本の経済は突然と悪化する。
・今度は日本が世界経済危機の引き金を引く。
その影響はあまりに巨大だ。
もちろんアメリカもこの影響を受ける。
日本の経済崩壊とともにドルも極端に下落し、国内ではハイパーインフレになる。
食料などの生活必需品が不足するわけではないが、ドルの価値が暴落するため、国内ではハイパーインフレが起こるのだ。
・経済危機と同じ時期に、地球物理学的な現象が地球を襲う。
これが危機的な状況の経済をさらに悪化させる。太陽フレアで発電所がやられてしまうため、ATMなどの銀行のシステムが機能しなくなるのだ。
疫病の流行について
・ちょうど新たな経済危機が発生すると同じ時期に、深刻な疫病が流行する。これはブタインフルエンザの突然変異した型だ。
・私は軍の生物化学兵器の専門家でもある。
なのではっきりと言えるが、この変異型ブタインフルエンザは人間が開発したものではない。突然変異で出現したものだ。
その他の発言
・いま我々が生きている世界はまさに狂った世界だ。
破滅に向かう核戦争の流れと、限りない貪欲に支配されている。
ただ、まともなこころを持っている人々も多く存在している。
こうした人々によって世界が少しでもよい方向に転換することを願っている。
・いま、科学にとっての本当のフロンティアは我々自身の心なのだ。心に内在する本当の力を知ることだ。
以上である。
3時間を越える長時間のインタビューだ。続きはメルマガか、次回の記事に書く。
続く

ヤスの備忘録2.0 歴史と予知、哲学のあいだ
https://www.mag2.com/p/news/389137?utm_medium=email&utm_source=mag_news_9999&utm_campaign=mag_news_0308





2019-03
番外編 思いっきり予言6
3月31日
今回はかなり早く更新できた。いつもこのくらいで更新できればよいと思っている。いつも記事を読んでくださる読者には感謝する。
いま、株価も景気も上向き、次第に楽観的なムードのなりつつある。中国経済の減速が伝えられるものの、アメリカ経済の力強い回復が喧伝され、一層楽観的なムードになりつつある。
しかし、はたして本当にそうなのだろうか?今年に経済的な危機はないのだろうか?メルマガではヘッジファンドの空売りがきっかけとなる日本国債の下落の可能性と、それが起こった場合の影響を詳しく解説した。
今回の記事
3月15日、過去にこのブログで何度か紹介した遠隔透視にお専門家、エド・デイムス少佐は全米で2000万人の聴視者を持つ深夜ラジオ番組、「コースト・ツー・コーストAM」に出演してインタビューに応じた。日本に関する発言があるので、今回はこの要約を掲載する。
エド・デイムス少佐
かなり前のブログ記事にエド・デイムス少佐の経歴と遠隔透視の方法について解説した。かなり以前のことなので、最新の予言の前にこの部分を再度掲載する。
エド・デイムス少佐は日本でも紹介され、テレビにも出演したことがあるので比較的に広く知られている。このブログの読者でも知っている人は大いに違いない。今回、「Coast to Coast AM」に出演し、その最新予言を公表した。
経歴
エド・デイムス少佐は、国防省諜報庁の遠隔透視部隊に所属する情報作戦将校であった。1970年代初頭、スタンフォード大学に付属する研究機関(Stanford Research Institute 通称SRI)は超能力研究の一環として、リモートビューウイングといわれる遠隔透視の研究を行っていたが、この研究の協力者であり、また後に研究の一部を指揮するようになったのはインゴ・スワンという人物で、SRIで大変な成果を残した。
この成果に注目したのは国防省諜報庁であった。ここは、諜報活動を専門に担当する部局である。当時は米ソの冷戦下であったため、ソビエトを標的にした情報戦が活発に行われていた。諜報庁は対ソ情報戦で優位に立つためのテクノロジーを求めており、おりしもスタンフォード大学で大きな研究成果をあげていたスワンのチームが注目された。70年代後半からスワンの指揮のもと、陸軍などから派遣された将校や科学者が加わり、国防省諜報庁遠隔透視部隊が結成された。この部隊には、日本でも有名になったジョー・マクモニーグルも在籍していた。
デイムスは、カリフォルニア大学バークレー校を卒業後、米国陸軍に志願し情報将校となった。80年代前半に陸軍から派遣され、遠隔透視部隊の一員になったといわれる。
遠隔透視部隊
この部隊は、対ソ情報戦において目覚ましい成果を残したといわれている。ソビエト国内の核ミサイル基地の配備状況を透視したり、地下秘密基地の存在を発見などを行った。
だが、ソビエトの崩壊から3年たった1995年、冷戦は完全に終了し、もはやロシアや他の共和国を敵視する必要がなくなったとの判断から、国防省は予算を打ち切り遠隔透視部隊の解散を決定した。その後、部隊は再結成されることなく現在にいたっている。
部隊の残した成果
この部隊は1970年代後半から1995年の20年を越える期間、諜報活動において数々の成果を残したが、現在まで引き継がれているその最大の成果は、この部隊が遠隔透視(遠隔透視)の技術をマニュアル化し、個人のもつサイキックな能力にはいっさい依存しないスキルとして標準化したことだ。
デイムスも、「当然ある程度の個人差はあるが、遠隔透視の能力はだれでももっており、適切なトレーニングさえ行えばだれでもスキルとして身につけることができる」といっている。
遠隔透視とはなにか
では、そもそもここでいう遠隔透視とは何なのか?それは、一言で言えば遠隔透視のことである。遠隔透視とは読んで字のごとく、遠くにあるものを透視することだが、遠隔透視部隊が開発した遠隔透視の概念はなにも距離的に遠くにあるものを透視することだけに限定されているわけではない。空間的な距離感でいえば太陽系を越える外宇宙までを含み、さらに時間的な距離感でいえば、過去や未来に発生したか、または発生するあらゆる事件や出来事を含む。当然、このスキルは、紛失した車の鍵を見つけたり、宝くじの当たり番号を予想したりという身近な用途にも使うことができる。
このようなことが可能になるのも、われわれ人間がもっている無意識はもともと驚くべき能力をもっており、その能力の一つが遠隔透視だということなのだ。なので、遠隔透視とは、
1)無意識のもつ透視能力を引き出し、
2)無意識が意識に向かって返して来る返答を正しく解釈する
ことだという。特に、意識と異なり、無意識はイメージなどの象徴を言語として使いコミュニケートしてくるため、その意味を正しく把握するためには、その解釈の方法を知らなければならないという。
解散後のメンバー
1995年に遠隔透視部隊は解散したが、
インゴ・スワン、
エド・デイムス、
ジョー・マクモニーグル、
ラッセル・ターグ
などのメンバーはそれそれ独自の道を進み、そのうちの多くが遠隔透視のサービスを提供するコンサルティング会社や、一般向けの遠隔透視のセミナーを提供する研修会社を設立した。
やはりデイムスも、サイテックというコンサルティング・研修会社を設立した。
サイテックは、一般向けに遠隔透視の研修を行とともに、企業や政府組織に遠隔透視の透視結果を提供するサービスを行っている。
ところで筆者も数カ月前、ほんの興味本位でサイテック社の遠隔透視トレーニングDVDを購入し試してみた。全四巻のDVDで、初心者でも無理なく遠隔透視をスキルとしてマスターできるように工夫されている。
DVDの内容だが、それはまるでワードやエクセル、また車の運転の教則本のように徹底してマニュアル化されている。
個人がサイキックな能力をもっている必要はまったくなく、マニュアルにしたがって何度もトレーニングをするなら、だれでも一定レベルの遠隔透視能力は身につくように設計されている。それはまさに軍隊の訓練用マニュアルに近い。
スキルを身につけるためには、何度もDVDを見て繰り返し練習することが要求される。
遠隔透視のスキルを開発してゆくためには、特殊なサイキックの能力は必要ない。反復練習に基づく徹底したトレーニングこそ重要だとのことである。
で、試した結果だが、非常に興味深い結果だった。
最初の数回のトレーニングは、隠されている絵の内容を透視し、得られたイメージを絵に書くという練習だった。答えが噴煙を上げる活火山のとき、筆者はもうもうとした煙のイメージを得、また答えが軍隊の行進のとき、多数の国旗のイメージが強く沸いてきた。こんな具合に、初回の練習だけでも、マニュアルにしたがって行うだけで、答えの絵に関係が深いイメージが沸いてきたのはおもしろかった。
さらに数回の練習を重ねた後、宝くじの当選番号を当てるのがよいトレーニングになるということだったので、これを試してみることにした。
三つの番号の組み合わせを当てるものがよいとのことなので、ナンバーズ3を試してみた。やはり、宝くじの当選番号を予想するにも厳密なマニュアルが用意されており、これにしたがってやってみると、最初のトライアルにもかかわらず思いがけない結果が出た。透視で沸いてきた番号の組み合わせは「664」であった。そして実際の当選番号は「646」だった。当選ではないものの、かなり近い。
トレーニングが大変なところ
こうした話を聞くとすぐにでも試してみたいと思う人は多いかもしれない。
だが、このスキルはそれほど簡単ではないのだ。
ある程度このスキルを実践で使えるようになるためには、デイムス少佐のDVDを何度も何度もみてマニュアルを完全にものにしなければならないのである。これには相当な根気と時間を必要とする。例えば、マニュアルにのっとってナンバーズ3の当選番号を予想するだけでもゆうに1時間はかかる。ましてやかなりの集中力を必要とする。それを毎回行うにはそれなりの決意がいる。
だが、マニュアルをものにしてこのスキルをマスターしたときに現れる成果は絶大なものだといわれている。スキルをマスターした分だけ感覚が研ぎ澄まされ、無意識が本来内在している透視能力が開花し、未来の予知のみならず、過去や現在のあらゆる出来事を文字どおり「見る」ことが可能になるのだという。その証拠に、デイムス少佐のトレーニングDVDや、さまざまなラジオ番組のデイムスの発言などを聞くと、セミナーの参加者は、医者、エンジニア、経営者、研究者などの専門職の中年男性が圧倒的に多いという。遠隔透視のスキルにある程度実際的な効果があると見なされない限り、こうした専門職の参加をみることはまれではないだろうか。最近では、世界的に著名な専門医が数名参加しており、もっとも困難な患者の診断を遠隔透視を使って成功させているようである。
なので、このスキルをぜひものにしたいと考えている読者にはこのDVDはお勧めだ。完全なマニュアルが手に入る。ただし、全部英語だが。
デイムス少佐の評価
さて、このように成功しているデイムス少佐だが、かつて国防省諜報庁の遠隔透視部隊に所属していたかつての同僚の評判はあまり芳しくない。「デイムスは教官だったと称しているが、彼は訓練生の一人にしか過ぎない」だの「彼は遠隔透視部隊を代表する人物ではない」など、同僚の非難は絶えない。なぜこうもデイムスの評判が悪いのかは理解しかねるが、デイムス一人が著名になり、2004年には「サスペクト・ゼロ」というベン・キングスレー主演の映画で遠隔透視の教官役で出演するほどまで有名になったことともしかしたら関係があるのかもしれない。
デイムス少佐のこれまでの予言
ところでデイムス少佐は、これまで数多くの予言を行ってきている。その多くが的中しているようだが、予言の的中時期が大幅にずれることはよくあり、これが原因で彼の予言は外れると非難されてもいる。
いま、UG99なという小麦を枯らす病原菌の拡大、オーストラリアの史上最大の干ばつ、鳥インフルエンザの蔓延、北米などでのミツバチの原因不明の消滅、蛙などの両生類の数の激減などのいま起こっている現象は、デイムス少佐がすでに1997年に遠隔透視で予言していたことであった。ただ、違っていたのは時期だった。デイムス少佐は何が起こるかかなり正確に予知していたものの、97年当時はこれらの事態がすぐにでも発生するかのように発言していた。
また、デイムス少佐の予言には明るいものはなく、破滅的な内容の予言が圧倒的に多いのが彼が非難されるもう一つの理由のようである。
ちなみにデイムス少佐のニックネームは
「Mr. Doom(ミスター破滅)」
である。
遠隔透視について
・30年前、私は遠隔透視の方法を開発したインゴ・スワンの率いる一員だった。
その後、私はスワンの方法をさらに発達させ現在の形になった。
・しかし私はサイキックではない。
私のサイキックの能力は平均以下だ。
ただ、遠隔透視に強く引き付けられたので、とことん訓練したのだ。
その間、最初に開発した方法をさらに発展させた。もちろん私だけではなく、私が教えた多くの生徒の努力のお陰でもある。
・よく訓練された遠隔透視者は80%程度の的中率に達することができる。
20%はどうしても未知の部分として残ってしまう。これはしょうがない。
・遠隔透視の初心者の的中率はだいたい10%から20%だが、これはは訓練を積み重ねることでどんどん向上する。
・ところで、遠隔透視を行うときは考えては行けない。思考したり、分析したりすることは遠隔透視を阻害する。
・無意識にははきりとした時間感覚はない。したがって無意識にはアクセスする遠隔透視では、いつ出来事が起こるか正確なときまでは分からない。もしかしたら将来私の生徒達が時間を正確に特定できるようなスキルを開発するかもしれないが、いまの段階では無理だ。
・私の遠隔透視のトレーニングを行っているが、ここではとにかく考えないことをトレーニングする。無意識だけで直観的に反応し、判断するように訓練するのだ。これは個人のサイキックな特殊能力ではなく、トレーニングで獲得できるスキルなのだ。参加者はこのスキルをさまざまな方面で使っている。

ヤスの備忘録2.0 歴史と予知、哲学のあいだ
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