物質と霊が結合し、時が成就する
・・F・アルパーによるアトランティス再浮上論(6・終)
2011-10-16
フランク・アルパーのチャネリング本「アトランティス・超古代文明とクリスタルヒーリング」のご紹介をさせていただいています。
リンクは張っておりませんが、アマゾンなどでご購入になれます。
*****
(引用ここから)
魂自らが、昔の(アトランティスでの)カルマのパターンを解放できるようにするのだ。
こうしたやり方で、つながりを一気に、永遠に断ち切ることができる。
それが起こる時こそ、アトランティスが完全に「浮上」する時だ。
あなた方は、どんなカルマのエネルギーを引き継いでいくのか、見極める必要がある。
なにを残し、なにを変革していくべきか見極める必要がある。
あなた方は自らにこう言うべきである。
「彼ら(アトランティス)は私の一部である。したがって、私は彼らである。」
自らの魂を信じて発達させるのだ。
神がもたらしてくれるのは、祝福と愛のみである。
1985年3月25日、アトランティスのエネルギーは完全に「浮上」しているだろう。
そしてみずがめ座の時代(アクエリアスエイジ)が、その強さと力の新世紀を迎える
長らく待ち望まれた歴史的瞬間が、ついに実現するのだ。
そのためにアトランティスで仕えたすべての人たち、アトランティス文明を地球上で再興する事業
に従事した人たちが、この新しい悟りの時代に生まれ、一人残らず肉体を持って生まれてくるだろう。
緩慢ながら着実に、すべてが実現していくだろう。
六亡星は宇宙的象徴であり、人類の二重性を表わす象徴である。
つまり物質的、霊的本質の二つの結合を表わしている。
これが「みずがめ座の時代」の象徴となり、力となるだろう。
両者はもはや分離されてはいない。
困難や不和を生みがちな弱さやカルマ的表出は、もう地球の波動から消えてなくなるだろう。
そして2組の三位一体が統合され、バランスをとられて永遠に封印される。
それが物事の秩序だからである。
(引用ここまで・終わり)
*****
始まりに向かって
http://blog.goo.ne.jp/blue77341/c/fde627fc2e77a8e2f94aff0951939dd7
1985年が未来であった時に、このチャネリングは行われました。
前の記事で、マヤ暦はどのように祝われたかを調べた時、1987年という年が大変重視されていることを見ました。
ハーモニック・コンバージェンスの時であるとされ、世界の多くの聖地で祈りが捧げられたということでした。
二つの年はとても近いですし、そのころのニューエイジ文化は、
ほんとうに近代文明はもう今にも終焉を迎える、という気分に満ちていたように思います。
古代文明の復活とは、現代文明の終焉を意味しているとも言えると思います。
フランク・アルパーの伝えるアトランティス文明は、とても荘厳な雰囲気で、わたしは好きです。
また別の時に、フランク・アルパーの語る非西洋文明について、まとめてみたいと思います。
彼はアメリカ・アリゾナのフェニックスに住んで、人々にアトランティスについて教えていたということです。
古代アメリカに関する彼の考えを聞いてみたいと思っています。
彼の説く“霊と肉との新しい結びつき”は、キリスト教の三位一体を下敷きとして、三角形の組み合わせとしての六亡星の意味を示しています。
wikipediaでは「三位一体」は次のように説明されています。
・・・
三位一体とは、キリスト教の語で「父」と「子」と「聖霊」が「一体(唯一の神)」であるとする教理。
キリスト教が受け入れる中心的教義・教理である。
ギリシャ語では「聖なる三」の意)」、英語では「三にして一つの意」という。
正教会の一員である日本ハリストス正教会では「至聖三者(しせいさんしゃ)」と訳される。
教会等のミサでは「父と子と精霊の御名において」と称えられる。
この語は、キリスト教神学を離れて、3つに見えているものが本質的には同じものであること、あるいは、三者が心を合わせること、3つのものを一つに併せることを指して用いられる場合もある。
・・・
霊と肉が新しい結びつきをする時、それが、人類が新しい時代=水がめ座の時代に入る時である、と語られます。
wikipedia「水瓶座の時代」には、水がめ座とニューエイジについて、次のように説明されています。
・・・
「ニューエイジ」という呼称は、具体的には「水瓶座の時代」(みずがめ座の時代、age of aquarius)を意味する。
この呼称は西洋占星術に由来し、地球の歳差運動によって黄道上を移動し続けている春分点が、
ちょうど20世紀の後半に、黄道十二星座のうお座からみずがめ座に入る、との主張による。
この主張では、春分点がうお座にあった時代は、ほぼキリスト生誕から現在までの約2000年間と重なる。
さらに、キリスト教には、イエスを魚によって象徴させる慣わしがある。
このことから、「ニューエイジ」という言葉には、今こそ既存の西洋文明・キリスト教の支配する時代が終息し、
自由で解放された「新時代」(=水瓶座の時代)の幕が開いた、という意味が込められている。
ニューエイジ(New Age)とは、字義どおりには「新しい時代」であるが、
新しい世界、新しい思想を含意する。この表現の背景には、ヨハネの黙示録に見られ、一部のキリスト教徒が採用している千年思想がある。
すなわち、神と悪魔の戦いが千年続き、最後に神が勝利して、ニューエイジ=新しい世界がやってくるというものである。
基本的には、伝統的な教えの中から、古くて役に立たない教えを廃し、
真の意味での教えを明らかにしようという運動である。
ただし、現在「ニューエイジ」(ニューエイジ・ムーブメント、ニューエイジ運動)と言うときには、
アメリカ合衆国、とりわけ西海岸を発信源として、1970年代後半から80年代にかけて盛り上がり、
その後商業化・ファッション化されることによって一般社会に浸透、現在に至るまで継続している、
霊性復興運動およびその生産物全般、商業活動全般を指す場合が多い。
・・・
この説明を読むと、フランク・アルパーの説く水がめ座の時代とアトランティスの再浮上説は、
まさにニューエイジムーブメントそのものであったと考えることができるように思います。
古代の復活という教えが、ニューエイジの教えであるというのは、不思議なような気もしますが、
ニューエイジ思想のもつ奥深さと可能性の大きさに圧倒される思いがします。
始まりに向かって
http://blog.goo.ne.jp/blue77341/c/fde627fc2e77a8e2f94aff0951939dd7
1985年3月25日月曜日
1984年10月17日水曜日
予知情報 ファティマ
2015/6/15
「ファティマ第三の秘密とバチカンの第九サークル」
http://www.monex.co.jp/AboutUs/00000000/guest/G800/new2015/news1505_26.htm?scid=20150611_h2_1
企業収益が高い水準にあるというのは米国企業全体が非常にうまくやっているということです。(中略)
金利が通常に戻れば、株価は割高に見えます。
低金利が継続する状況が続くならば、株価はまだまだとても割安に見えますね。(バフェット談)
アレックス・ジョーンズとリンゼイ・ウイリアムズのお二人とも奥の院の回し者です
2015年6月15日
伝説の投資家の知恵。ウォーレン・バフェット3部作
マネックス証券では、 ウォーレン・バフェットが経営するバークシャー・ハサウェイの株主総会に参加 し、
バフェットが投資家向けに送ったメッセージやバークシャー・ハサウェイの最新ポートフォリオなどを3部作としてまとめました。
この機会にぜひ 伝説の投資家の知恵を吸収し、ご自身の投資に活かされてはいかがでしょうか。
第1弾ウォーレン・バフェット率いる バークシャー・ハサウェイの株主総会に行ってきました!
<その1>総会の熱気はすごかった!編
バークシャー・ハサウェイの株主総会とは?
DAY1 株主向けショッピングイベント
ウォーレン・バフェットご本人が登場!
DAY1-夕方 カクテルパーティー
DAY2 株主総会本番
あのハリウッド俳優やボクシング世界チャンピオンまで登場!?
おまけ バフェットの自宅&バークシャー・ハサウェイの本社へ 矢印
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第2弾ウォーレン・バフェットはかく語りき。・インフレ期に買うべき銘柄は?・全世界どこでも通用する投資法とは?
など 米国株式市場は割高?
国境を越えて通用する投資手法とは?
インフレ期に買うべき銘柄は?
IBMへの投資は自信たっぷり?
バフェットとマンガーが離れた後のバークシャー・ハサウェイは大丈夫? 矢印
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第3弾バフェットが、買い続ける銘柄たち。 バフェット&バークシャーが5四半期連続で買い増しているのはあの銘柄
バークシャーが一部を売却した銘柄は?
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収益率「751,113%」バフェットの過去の驚異的な運用成績とは? 矢印
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<リスク>
米国株式及び米国ETF、REIT、預託証券、受益証券発行信託の受益証券等(以下「米国株式等」)の売買では、株価等の価格の変動、外国為替相場の変動等、又は発行者等の信用状況の悪化等により、元本損失が生じることがあります。米国ETF等の売買では、裏付けとなっている資産の株式相場、債券相場、金利水準、為替相場、不動産相場、商品相場等(これらの指数を含む。)や評価額の変動により、元本損失が生じることがあります。国外株式等の場合には、その国の政治的・経済的・社会的な環境の変化のために、元本損失が生じることがあります。
<手数料等(税抜)>
米国株式等の売買では、約定代金に対し0.45%(ただし最低手数料5米ドル、手数料上限20米ドル)の国内取引手数料がかかります。
また、上記取引手数料のほか売却時のみ現地取引費用がかかります。
現地取引費用は、市場状況、現地情勢等に応じて決定されますので、
その金額等及び手数料等の合計額等をあらかじめ表示することはできません。
また、米国ETF等の売買では、保有期間に応じて信託報酬その他手数料がかかることがあります。
6分55秒からエブリン・ロスチャイルドの発言
ファティマ第三の秘密
http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/878.html
『ソビエトは西側民主主義との真正の永続的調停を目指して努力しているのではなくて、
共産主義の最終的世界勝利を目指して努力しているのである」.........アナトリー・ゴリツィン、1995年』
元KGB捜査官で元CIAのアナトリー・ゴリツインは故クリストファー・ストーリー氏の刎頸の友であり管理人の知り合いでもある。
バチカンの第九サークルの正体
http://6707.teacup.com/gamenotatsujinn/bbs/2642
イルミナティの極秘指令書 その1
http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/455.html
イルミナティの極秘指令書 その2
http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/456.html
http://www.d-b.ne.jp/mikami/golitsyn.htm
ファチマの聖母マリア
ゴリツィンの最近の書物、恐るべきファチマの預言を確証する
The Fatima Crusader, Isuue 51: Winter 1996より
ウィリアム・ファンテ
「ソビエトは西側民主主義との真正の永続的調停を目指して努力しているのではなくて、
共産主義の最終的世界勝利を目指して努力しているのである」...アナトリー・ゴリツィン、1995年
神が一つの計画を提示なさるとき、人間は他の計画を選ぶ自由はない。
それから神が一つの救済策をお与えになると相手である人間は「よりよい」方を選ぶ権利を持たない。
それは神の計画を人間自身の見通しと取り替えようとするうぬぼれと傲慢である。
特にファチマの場合には、そのような取り替えは恐るべき忘恩の趣がある。
われらの祝せられた御母が単に20世紀の差し迫った災厄についてわれわれに警告なさるためばかりでなく、
われわれがそれらの災厄をどのように避けることができるかをわれわれに告げるためにファチマに来られたのはまったく神の善性である。
ファチマは本質的に超自然的であるがゆえに、
そのメッセージに従うことは世界の危機を妨げる以上の多くのことをする。
それは数百万の霊魂を地獄の火から救う。
聖母の救済策は単純なものであって、「この世の住人たち」が「余りにも単純すぎる」とそれを笑い飛ばすほどに単純である。
しかしファチマに同意しないことは日の出に同意しないことにほとんど似ている。
20世紀に関するファチマの予告が非常に正しかったということを時が証明した。
それゆえに、ファチマの聖母によって与えられた救済策以外の他の救済策はないのである。
世界平和を手に入れるためには十分な数のカトリック教徒が毎日のロザリオを祈り、
茶色のスカプラリオを着用し、神に日々の義務を捧げ、
5回の初土曜日を実行しなければならない。
最後にある特別の日に世界のカトリック司教たちと一致して教皇によるマリアの汚れなき御心への
特殊的かつ名を挙げてのロシアの奉献を求める断固たる要求が存在する。
もしこのことがなされるならば、ロシアは回心し、多くの霊魂が救われるであろう。神がそのことを保証なさったのだ。
1982年と1984年に教皇ヨハネ・パウロ2世はマリアの汚れなき御心に世界を奉献された。
しかしこのことにはほとんど注意が払われなかった。
というのは、それは明らかに神が御要求になった線に沿っていなかったからである。
神は要求なさった。
誰もがそのことを知っていた。
10年前、100万部が出回った書物ファチマの聖母というその評判のよい書物の中で、
ウィリアム・トマス・ウォルシュ(William Thomas Walsh)はルチアが彼に、
彼らの有名なインタビューにおいて「聖母はご自分の汚れなき御心への世界の奉献をお求めにはなりませんでした。
聖母が特殊的に要求なさったのはロシアの奉献でした」ということを明らかにした、と書いた。
突然、1989年にゴルバチョフのグラスノスチ/ペレストロイカが世界の舞台に現れた。
西側の政府と彼らのニュース・メディアはすぐさま、
血に飢えた共産党の熊としてではなく、
写真写りのいい抱きしめたくなるテディベアとしてゴルバチョフを歓迎した。
彼らの「冷戦」のまどろみから突然起こされたたいていのファチマ使徒職を含めて世界中の多くのカトリック教徒は
「わーっ、1984年の奉献が聖母の要求を満たしたのだ。結局、ロシアは回心した、そうじゃないかね」
という軽率なふらふらした結論を出した。
しかしながら、そのような致命的な結論に達することからわれわれを守るためには考察されなければならない三つの反省させる点がある。
1)ロシアが経験した変化は何であれ聖母がロシアの奉献を要求なさったという客観的な事実とは何の関係もない。教皇ヨハネ・パウロ2世は世界の奉献を行われた。それがたとえ何であれ、奉献はファチマの聖母が要求なさったようには果たされなかった。
2)たとえロシアにおける諸変化が実質的に真正のものであるとしても、このことはそれでもなおカトリック信仰への回心ではなくて、政府のより「民主的な」あり方へのロシアの見かけの変形にすぎない。
ロシアにおいて起こっていることは「アメリカ化」(宗教的自由の見地からでさえ)に似ているかもしれない。しかし真のカトリック的な回心はそこにはない。
3)ロシアの「アメリカ化」あるいは民主化のこの描写さえ誤りである。これは多くの政治分析家たちの見解である。その中でも最も重要なものは元KGB捜査官、アナトリー・ゴリツィンの証言である。
KGB捜査官は彼の諸事実を知っている
アナトリー・ゴリツィンの最初の書物古い嘘に代わる新しい嘘は、
たいていの西側の分析家たちとは違って、著者が諸事件の数年前に正確に予告した、
--1989年から1991年にかけて東ヨーロッパとソビエト連邦において起こった「過去との断絶」--
ということが発見されたときに長期にわたるセンセーションを引き起こした。
マーク・リープリング(Mark Riebling)はその著くさび:FBIとCIAとの間の秘密の戦争(Wedge:The Secret War Between the FBI and CIA)(Alfred A Knopf, New York 1994)において、古い嘘に代わる新しい嘘におけるゴリツィンの予告の秩序だった分析を遂行した。リープリングは「148のうちの139が1993年の終りまでに実現された--その正確度はほとんど94%」と言っている。そしてリープリングの評価はただ
最後の15年間だけでもソビエトの指導者たちと政策の注目すべき変化に関する彼の予告は著しく正確であることが分かった。彼はソビエトの諸事件を予告することにおいて無比の者であったが、同様にまたソビエトの戦略を理解することにおいてもそうであった。彼の1984年の古い嘘に代わる新しい嘘(ゴルバチョフのグラスノスチの5年前に出版された)においてゴリツィンが予告したのは:
--グラスノスチとペレストロイカの「偽りの自由化」キャンペーン
--アンドレイ・サハロフ(Andrei Sakharov)のような偽りの「反体制派」の出現--彼らを「敵」と見せるようにする中国とソビエト連邦との間の展開。
--ワルシャワ条約の解消。
--ポーランドにおける連帯の「再出現」。
--「東」ドイツと「西」ドイツの再統一。
--ベルリンの壁の取り壊し。
--アフガニスタンからのソビエトの撤退とその初期の侵攻の否認。
これらの、そして他の多くの展開をゴリツィンは驚くべき正確さで予告した。
今、ゴリツィンは再びさまざまの予告をしている。
そしてその予想は、単に描かれたイメージそれ自体の未来のゆえにだけでなく、
主としてそれらが起こる以前に諸事件を予告するゴリツィンの顕著な実績のゆえに、恐るべきものである。
その最近の著ペレストロイカ欺瞞(1995年出版)においてゴリツィンは、
「かつての」共産主義者たちが偽の「民主主義に向かっての改革」と「進歩」の覆いの下に追求している
レーニン主義的戦略の背後にある回りくどい秘密の意図を説明している。
直接的な戦略的目的は西側との収斂--彼らの折り合いで、であって、われわれの折り合いでではない--である。
究極の目的はレーニンの「新世界社会秩序」--世界共産党政府--の諸ブロックを形成するものとしての集団的地域諸政府で
諸々の国民国家を置き換えることである。
それは1960年代に始まった。
ペレストロイカ欺瞞は、大部分は見えないソビエト集団指導部がどのように、
アントニオ・グラムシのマインド・コントロールの考えを借用しながら、
彼らの長い間準備したレーニンの「プロレタリアの独裁」から彼の「人民全体の国家」への移行を実行したかを明らかにする。
このことの主たる特徴は、西側の諸政府が警戒を放棄し、「かつての」ソビエト・ブロックとの協力の制限のない計画に乗り出すように勇気づけるために、決定的な「過去との断絶」が起こったということを西側に確信させることをもくろんだ「民主化ポーズ」("democratism")の演劇的展示である。
1960年代に、戦略家たちはUSSR科学アカデミーの支配の下に諸々の特別研究所を設立した。これらは西側の態度を研究し、ソビエト指導部に一定の戦術的策略やシナリオに対するありそうな西側の反応について知らせるように教えられた。
ソビエトの戦略家たちが予期したように、これらの研究の結果として、西側は警戒を怠って捕らえられ、この過去との断絶によっておびき寄せられた。
ゴリツィンはなぜ西側の反応がそのように熱狂的であったかを明らかにしている。
欺瞞は、成功するためには、標的の知られた切望にできる限り近くマッチしなければならないと彼は説明している。このようにして、西側は政策と貿易のための諸々の新規の機会を提供しながら、うわべだけの変化を「ソビエト改革」の過程の深化だと解釈した。実際は、西側は「究極的な共産主義世界政府の下での西側のモスクワへの従属状態をもたらそうと意図されているソビエト収斂戦略の展開の加速化」に直面しているのである。
ゴリツィンはこう警告している。「『ペレストロイカ』はそれが単なるソビエトの国内的刷新ではなくて、全世界を「再構築する」ための戦略であるという、党機構の指導の下での共産党、ソビエト政府およびKGBによる30年間の準備の結果であるということが
明らかにされなければならない...ソビエトは西側民主主義諸国との真正の永続的な順応を求めているのではなくて、共産主義の最終的な世界勝利を求めている...彼らは彼ら自身の「再構築」とこの目的のために核の紛争の恐怖を用いてソビエトとアメリカの体制の収斂を採用させるようにアメリカ人たちを誘い込む同じ幻想を利用しようと意図している。」
もしゴリツィンが正しいならば、グラスノスチ、ペレストロイカ、そしてゴルバチョフおよびエリツィンの下で目撃されている巨大な「諸改革」や激動は、「悪の帝国」が今や過去の事柄であるということを合衆国や西ヨーロッパの人々に確信させるように計算され犯されている統制された欺瞞であったし(そして今もそうである)。
実際には、彼の分析によれば、「ソビエトの脅威」はその歴史の他のどの時期よりも今世界にとってより大きな危険を提示している。
ロシアは今、もっと危険である
ペレストロイカ欺瞞はクレムリンの「欺瞞の大家たち」の仮面を剥ぎ取り、そして彼らの大がかりなごまかしを裸にする。ゴルバチョフ、エリツィン!シュワルナゼ、サハロフ、チェブリコフ、ワレサ、リアチェフ、ヤコヴレフ、ポズナー、コズィレフ、ハヴェル、マネスク、クラフチュク、クチマ、ナザルバエフ、プリマコフ、アカーエフ、およびその他の者は彼ら自身の二枚舌の言葉と行動とによって十分に暴露されている。
政治の「専門家たち」やメディア人たちによって報告された「諸事実」とは反対に、USSRは「崩壊し」なかったし、そして共産党、KGBおよびソビエト軍は廃止されたり、あるいは解散されたりはしなかった。共産主義権力のこれらの同じ構造は--幾分改造はされたけれども--ロシアにおいてだけでなく、「独立諸共和国」と考えられている国々のすべてにおいても同様に、支配し続けている。ロシア、独立諸国家の共和国そして「かつての」東側ブロック諸国家は今日もなお特権階級、冷戦の間それらの不幸な国々を動かした同じ共産党のボスたちによって動かされている。
ゴリツィンは、合衆国の敵であることを止めることからはほど遠く、ロシアは「もっと恐るべきもの、もっと精巧なもの、もっと危険なもの」になっていると警告している。なぜなら、共産党世界勝利の新しい計画は古い計画よりももっと現実主義的になっているからである、と。新しい計画は最も簡潔に「協力-脅迫」と記述され得る。これは北朝鮮やイランあるいは「ごろつき諸要素」の幽霊のような「否認できる資産」のソビエトの使用、あるいは合衆国の安全保障と世界平和に脅威を与えるために核軍備に対する支配を獲得する「強硬派の共産主義者たち」を交互に含んでいる。それゆえ、言葉を換えて言えば、もし西側が協力しないならば、今日の協力には「冷戦への逆戻り」--あるいはもっと悪いこと--のソビエトの脅迫が暗に含まれているのである。ゴリツィンはこの策略を「われわれと協力せよ、さもなくば核の混沌と葛藤の見通しに直面するぞ」として既述している。これは「協力-脅迫」である。」
収斂(Convergence)であって、回心(Conversion)ではない。
「収斂」はソビエト戦略の新しい決まり文句である。ゴリツィンは自分の力でかち得た権威をもってこう述べている。この「収斂は西ヨーロッパと合衆国において大虐殺と政治的再教育収容所を伴うであろう。ソビエト戦略家たちは合衆国における経済的不況を計算に入れている。そして不況の間にアメリカの体制に対する一つの選択肢として人間的な顔をもった社会主義の彼らの改革されたモデルを導入しようと意図している。」
収斂戦略はすでにその完成へ向かって順調である。収斂の主たる使徒、ゴルバチョフ氏は彼の「財団」に対するアメリカ不動産の最良の区画を与えられた。そして特許権使用料の地位を与えられている。ソビエト軍人たちはわれわれのエリート軍隊によってわれわれの最も進んだ軍事基地で訓練されている。ソビエトKGBはわれわれの警察軍へと歓迎されている。指導的なソビエト偽情報エージェントたちは彼らの如才ない「人間的な顔」のプロパガンダをアメリカのテレビ聴衆たちへ投げつけるためにゴールデン・アワーを与えられている。
ゴリツィンはこの「人間的な顔をした」策略の重要性を暴露しているクレムリンの欺瞞専門家の一人による一つの重大な自認を引用している。ゲオルギー・アルバトフ(Georgy Arbatov)はソビエト連邦共産党(CPSU)のジャーナル、共産党員の1988年6月号に書きながら、こう述べた。
浸食されている「敵のイメージ」は...合衆国およびその同盟諸国の外交および軍事政策にとって絶対的に重要なものであった。この月並みな考え方の破壊...がゴルバチョフの武器である...軍備競争も第三世界における権力ブロックも、軍事ブロックも「敵」なしには、そして「ソビエトの脅威」なしには考えられない...もちろん、この武器は秘密ではない。しかしそれは巨大な力を持っているのである。」
ゴリツィンの書物に関して、著作家ウィリアム・ジャスパー(William Jasper)は「浸食されているのは敵の現実、脅威の現実ではなくて、ただイメージだけである、脅威はこれまでよりももっと現実的に残っている」と指摘している。
合衆国の戦略的な敵、中国
ゴリツィンが明るみに出している最も魅力的な点の一つは次のことについての真実である:
いわゆる「中国-ソビエト」分裂についての真実--すなわち、中国はロシアの敵であり、そして合衆国の友人であるという幻想--。ゴリツィンは「共産党中国は合衆国の戦略的パートナーではなくて、その隠された戦略的敵である」と警告している。中国は合衆国における、そして世界じゅうあまねくの、「再構築」をもたらしているソビエトに参加するであろう。
浸透を通じて、中国共産党情報部は1950年代、1960年代および1970年代の間の中国におけるCIAの諸々の関係と資料とを破壊した。彼らはまた中国の指導者たちの戦略的意図に関する信頼できる資料を展開させることからCIAを妨害した。
ゴリツィンは、この事態はアメリカの政策決定者たちをその問題に関する情報にあまりふれさせないようにしていると書いている。西側が接近できる最善の「情報」は唯一中国共産党指導者たちの言語的な保証である。
ゴリツィンは指摘している。「この情報ギャップのゆえに、アメリカの政策決定者たちは中国の戦術と戦略との間を区別しなかった...この混同のゆえに、アメリカの政策決定者たちは、共産党中国が合衆国の重要な戦略的パートナーであり、ソビエト連邦の戦略的ライバルそして敵であると信じている。このことにおいて彼らは間違っている。中国は合衆国の戦術的なパートナーであって、戦略的なパートナーではないし、またロシアの戦術的な敵であって、戦略的な敵ではないのである。
ゴリツィンはさらに続けて、共産党中国は共産主義の長期の戦略の主たる立案者のひとつであると言う。中国-ソビエト「分裂」は「再構築」という彼らの共通の戦略の準備がうまくゆくことを確保するために両国によって遂行されている戦略的な偽情報作戦であった。ソビエトと中国の指導者たちは分業を通じて彼らの秘密の戦略的協力を続けてきたのである。
合衆国との中国の密接な関係、そしてパキスタン-アフガニスタン状況に関して中国が合衆国の役に立っていることさえ、アメリカの工業技術の援助で現代の超大国になるという中国の主要な戦略を確保するために意図された戦術である。
ゴリツィンは「中国はそれに向かってモスクワと北京が共同して進んでいる未来の世界政府における主たるソビエトのパートナーとなる運命にある」という動かし難い予想を述べている。
欺瞞の概要
ペレストロイカ欺瞞は補遺、あとがきそして付録をもった6部に分けられる。
第1部のタイトルは「ペレストロイカ欺瞞」であり、そこでは著者はペレストロイカのための長期の政策の採用、その戦略のためのソビエトの研究、その戦略のための準備におけるKGBの役割、ならびにペレストロイカのための実験とリハーサルを論じている。
またペレストロイカの最終局面の主たる目的、すなわち、東ヨーロッパ、第三世界、および合衆国の再構築、アメリカの軍事的および政治的同盟諸国の再構築の論述もある。それはまた西側における反共産主義に対するソビエトのキャンペーンについても述べている。
第2部、共産党の大戦略と西側の幻想は1987年1月4日付けのCIAへの覚え書きであり、それはソビエトの大欺瞞戦略の見地からのゴルバチョフの合衆国訪問の評価である。著者はまた戦術的諸変化および偽情報を通じての「収斂」をも既述している。
「ペレストロイカに対するアメリカの対抗戦略が第3部を形成する部分である。著者は共産主義世界を取り扱う際の過去のアメリカの悲劇的な誤り、ならびにさまざまのアメリカ指導者たちの誤り、ベトナム[戦争]の時期の誤りを論じている。
ペレストロイカ戦略の実行とそれに対する西側の盲目的な反応がこの書物の第4部を構成する。
著者はペレストロイカを理解するための7つの鍵を与えている。
1)ペレストロイカの先例となるレーニンの新経済政策。
2)共産主義ブロックの十分な政治的および安全保障の潜在力の使用のための準備。
3)共産主義諸国における統制された「政治的対立」の創出。
4)社会主義を発展させるためのレーニンの「古い形式と新しい形式の偽造」と非共産主義者たちの承認を通じての偽の代表制度というチチェリン(Chicherin)の考え。
5)共産主義諸国における統制された「政治的対立」の発展。
6)極東の共和国およびグルジア共和国のための形式的な政治的「独立」のレーニンの使用。
7)反西側戦略の実行におけるブロックの政治的および安全保障の潜在力の発展。
これら7つのキーポイントは、この種の戦略が西側の精神構造にとっては無縁のものであり、またそれがこの戦略が西側の人々の精神を欺きそして捕らえるのにそのように成功したかの理由であるがゆえに、読んで理解する必要がある。
第5部は第2の10月社会主義革命のための戦略としてのペレストロイカを暴露している。それはまた、共産党独裁権、ソビエト軍そして暴力によるのではなくて、USSRにおける統制された「民主化」といわゆる多党制に携わったソビエト諸権力の偽りの改革、影響および政治的活動を通じての非暴力的革命の新しいパターンについて論じている。ゴリツィンはまたペレストロイカ戦略の成功した実行におけるソビエトの戦略的偽情報の主要な役割をも説明している。
「インチキの『8月クーデタ』とその計算された失敗」がゴリツィンの著作の第6部を構成している。熟慮してたくらまれた「過去との断絶」そして8月クーデタが実際にはいったい何であったかの物語は魅力あるそして啓発的な読書に役立つ。1973年から1985年の間のゴリツィンのCIAへの覚え書きからの抜粋を含んでいる補遺がある。著者がソビエトの長期にわたる欺瞞戦略の包括的な分析を提供している後書きがある。その書物はKGBの現在の諸活動の多くの局面がスポットライトを当てられ、そして分析されているCIAへのさらに重要な覚え書きの付録で終わっている。
どのパラグラフも詰まっている
しかしながら、この概観はこの重要な書物に正当な取り扱いをしていない。
この著作にはこの概観が提供しているよりはるかに多くの資料が含まれている。
実際、この書物の正確な要約を提供することは困難である。
というのは、どの章やどのパラグラフも筆者が圧縮するのに困難を見出す情報ではち切れそうであるからである。
完全なメッセージを受け取るためにはその書物全体を読まなければならない。
ゴリツィンは言うべきものを持っている。
彼は聴く必要のある声である。
少数の他の人々と共に、彼は欺瞞を見通した。
この書物はこれらの現在のソビエトの大きな嘘の最も洞察力のある暴露である。
間違った救済策は間違った結果を産む
ゴリツィンのペレストロイカ欺瞞は、他のどの書物より以上に、ロシアがどこででも回心に近づいていないという真理、
そしてロシアの現在の状態は「冷戦」のソビエト連邦よりも遙かに危険であるという真理を補強している。
マリアの汚れなき御心へのロシアの奉献はまだなされていない。
そして敵はただ転覆subversionの精巧化において進歩しただけであって、
回心conversionの恵みにおいて進歩したのではない。
ゴリツィンによれば、ペレストロイカとグラスノスチの策略はソビエトが世界に対してこれまでに突きつけた最大の欺瞞である。
おそらくわれわれの仲間のカトリック者たち、諸々のファチマ使徒職、そして高い地位に就いている教会人たちでさえの盲目は、人間は神が要求なさったものとは異なった解決を間違いなしに提案し、実行することができると考える人々の思い上がりと尊大さに対する一つの罰としてやって来る。聖母の特別の要求を無視する人々は実際に「神の思し召しにもかかわらず」世界平和のために働き、同じ結果を得ると期待することに終わる。彼らの「解決」はそのような一つの偽りに基づいているから、罰として神が偽り、恐ろしい結果を持つ偽りに基づいている回心の幻想を許されるかもしれないということは考えられない。
教皇がマリアの汚れなき御心にロシアを奉献なさるように祈り、教皇に嘆願することは今まで以上にもっと緊急のことである。1917年は今から79年前であった。今までにわれわれは聖母の意志以外の何ものも世界平和を、そして世界の上に神の恵みのなだれをもたらさないということを学ばなかったのか?ファチマは希望と慈悲のメッセージである。しかし同時にそれはわれわれが神のために受け入れなければならない妥協を許さないあれかこれか[の選択]である。いかなる人間も[神の御計画と異なる]もう一つの計画を提案したり、あるいは信じたりする権利を持っていない。
そしてゴリツィンが指摘しているように、ペレストロイカの嘘を信じることの結果は、まさにファチマの聖母が予言なさったように、モスクワによる世界の奴隷化を保証するだけであろう。
2004/03/10 三上 茂 試訳
(原文には語句に活字の脱落・ミスプリが数カ所あり、適当に類推して訳したので、思い違いあるやも知れません。)
ハムレットの水車小屋
http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/1001.html
「ファティマ第三の秘密とバチカンの第九サークル」
http://www.monex.co.jp/AboutUs/00000000/guest/G800/new2015/news1505_26.htm?scid=20150611_h2_1
企業収益が高い水準にあるというのは米国企業全体が非常にうまくやっているということです。(中略)
金利が通常に戻れば、株価は割高に見えます。
低金利が継続する状況が続くならば、株価はまだまだとても割安に見えますね。(バフェット談)
アレックス・ジョーンズとリンゼイ・ウイリアムズのお二人とも奥の院の回し者です
2015年6月15日
伝説の投資家の知恵。ウォーレン・バフェット3部作
マネックス証券では、 ウォーレン・バフェットが経営するバークシャー・ハサウェイの株主総会に参加 し、
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第1弾ウォーレン・バフェット率いる バークシャー・ハサウェイの株主総会に行ってきました!
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バークシャー・ハサウェイの株主総会とは?
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<手数料等(税抜)>
米国株式等の売買では、約定代金に対し0.45%(ただし最低手数料5米ドル、手数料上限20米ドル)の国内取引手数料がかかります。
また、上記取引手数料のほか売却時のみ現地取引費用がかかります。
現地取引費用は、市場状況、現地情勢等に応じて決定されますので、
その金額等及び手数料等の合計額等をあらかじめ表示することはできません。
また、米国ETF等の売買では、保有期間に応じて信託報酬その他手数料がかかることがあります。
6分55秒からエブリン・ロスチャイルドの発言
ファティマ第三の秘密
http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/878.html
『ソビエトは西側民主主義との真正の永続的調停を目指して努力しているのではなくて、
共産主義の最終的世界勝利を目指して努力しているのである」.........アナトリー・ゴリツィン、1995年』
元KGB捜査官で元CIAのアナトリー・ゴリツインは故クリストファー・ストーリー氏の刎頸の友であり管理人の知り合いでもある。
バチカンの第九サークルの正体
http://6707.teacup.com/gamenotatsujinn/bbs/2642
イルミナティの極秘指令書 その1
http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/455.html
イルミナティの極秘指令書 その2
http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/456.html
http://www.d-b.ne.jp/mikami/golitsyn.htm
ファチマの聖母マリア
ゴリツィンの最近の書物、恐るべきファチマの預言を確証する
The Fatima Crusader, Isuue 51: Winter 1996より
ウィリアム・ファンテ
「ソビエトは西側民主主義との真正の永続的調停を目指して努力しているのではなくて、
共産主義の最終的世界勝利を目指して努力しているのである」...アナトリー・ゴリツィン、1995年
神が一つの計画を提示なさるとき、人間は他の計画を選ぶ自由はない。
それから神が一つの救済策をお与えになると相手である人間は「よりよい」方を選ぶ権利を持たない。
それは神の計画を人間自身の見通しと取り替えようとするうぬぼれと傲慢である。
特にファチマの場合には、そのような取り替えは恐るべき忘恩の趣がある。
われらの祝せられた御母が単に20世紀の差し迫った災厄についてわれわれに警告なさるためばかりでなく、
われわれがそれらの災厄をどのように避けることができるかをわれわれに告げるためにファチマに来られたのはまったく神の善性である。
ファチマは本質的に超自然的であるがゆえに、
そのメッセージに従うことは世界の危機を妨げる以上の多くのことをする。
それは数百万の霊魂を地獄の火から救う。
聖母の救済策は単純なものであって、「この世の住人たち」が「余りにも単純すぎる」とそれを笑い飛ばすほどに単純である。
しかしファチマに同意しないことは日の出に同意しないことにほとんど似ている。
20世紀に関するファチマの予告が非常に正しかったということを時が証明した。
それゆえに、ファチマの聖母によって与えられた救済策以外の他の救済策はないのである。
世界平和を手に入れるためには十分な数のカトリック教徒が毎日のロザリオを祈り、
茶色のスカプラリオを着用し、神に日々の義務を捧げ、
5回の初土曜日を実行しなければならない。
最後にある特別の日に世界のカトリック司教たちと一致して教皇によるマリアの汚れなき御心への
特殊的かつ名を挙げてのロシアの奉献を求める断固たる要求が存在する。
もしこのことがなされるならば、ロシアは回心し、多くの霊魂が救われるであろう。神がそのことを保証なさったのだ。
1982年と1984年に教皇ヨハネ・パウロ2世はマリアの汚れなき御心に世界を奉献された。
しかしこのことにはほとんど注意が払われなかった。
というのは、それは明らかに神が御要求になった線に沿っていなかったからである。
神は要求なさった。
誰もがそのことを知っていた。
10年前、100万部が出回った書物ファチマの聖母というその評判のよい書物の中で、
ウィリアム・トマス・ウォルシュ(William Thomas Walsh)はルチアが彼に、
彼らの有名なインタビューにおいて「聖母はご自分の汚れなき御心への世界の奉献をお求めにはなりませんでした。
聖母が特殊的に要求なさったのはロシアの奉献でした」ということを明らかにした、と書いた。
突然、1989年にゴルバチョフのグラスノスチ/ペレストロイカが世界の舞台に現れた。
西側の政府と彼らのニュース・メディアはすぐさま、
血に飢えた共産党の熊としてではなく、
写真写りのいい抱きしめたくなるテディベアとしてゴルバチョフを歓迎した。
彼らの「冷戦」のまどろみから突然起こされたたいていのファチマ使徒職を含めて世界中の多くのカトリック教徒は
「わーっ、1984年の奉献が聖母の要求を満たしたのだ。結局、ロシアは回心した、そうじゃないかね」
という軽率なふらふらした結論を出した。
しかしながら、そのような致命的な結論に達することからわれわれを守るためには考察されなければならない三つの反省させる点がある。
1)ロシアが経験した変化は何であれ聖母がロシアの奉献を要求なさったという客観的な事実とは何の関係もない。教皇ヨハネ・パウロ2世は世界の奉献を行われた。それがたとえ何であれ、奉献はファチマの聖母が要求なさったようには果たされなかった。
2)たとえロシアにおける諸変化が実質的に真正のものであるとしても、このことはそれでもなおカトリック信仰への回心ではなくて、政府のより「民主的な」あり方へのロシアの見かけの変形にすぎない。
ロシアにおいて起こっていることは「アメリカ化」(宗教的自由の見地からでさえ)に似ているかもしれない。しかし真のカトリック的な回心はそこにはない。
3)ロシアの「アメリカ化」あるいは民主化のこの描写さえ誤りである。これは多くの政治分析家たちの見解である。その中でも最も重要なものは元KGB捜査官、アナトリー・ゴリツィンの証言である。
KGB捜査官は彼の諸事実を知っている
アナトリー・ゴリツィンの最初の書物古い嘘に代わる新しい嘘は、
たいていの西側の分析家たちとは違って、著者が諸事件の数年前に正確に予告した、
--1989年から1991年にかけて東ヨーロッパとソビエト連邦において起こった「過去との断絶」--
ということが発見されたときに長期にわたるセンセーションを引き起こした。
マーク・リープリング(Mark Riebling)はその著くさび:FBIとCIAとの間の秘密の戦争(Wedge:The Secret War Between the FBI and CIA)(Alfred A Knopf, New York 1994)において、古い嘘に代わる新しい嘘におけるゴリツィンの予告の秩序だった分析を遂行した。リープリングは「148のうちの139が1993年の終りまでに実現された--その正確度はほとんど94%」と言っている。そしてリープリングの評価はただ
最後の15年間だけでもソビエトの指導者たちと政策の注目すべき変化に関する彼の予告は著しく正確であることが分かった。彼はソビエトの諸事件を予告することにおいて無比の者であったが、同様にまたソビエトの戦略を理解することにおいてもそうであった。彼の1984年の古い嘘に代わる新しい嘘(ゴルバチョフのグラスノスチの5年前に出版された)においてゴリツィンが予告したのは:
--グラスノスチとペレストロイカの「偽りの自由化」キャンペーン
--アンドレイ・サハロフ(Andrei Sakharov)のような偽りの「反体制派」の出現--彼らを「敵」と見せるようにする中国とソビエト連邦との間の展開。
--ワルシャワ条約の解消。
--ポーランドにおける連帯の「再出現」。
--「東」ドイツと「西」ドイツの再統一。
--ベルリンの壁の取り壊し。
--アフガニスタンからのソビエトの撤退とその初期の侵攻の否認。
これらの、そして他の多くの展開をゴリツィンは驚くべき正確さで予告した。
今、ゴリツィンは再びさまざまの予告をしている。
そしてその予想は、単に描かれたイメージそれ自体の未来のゆえにだけでなく、
主としてそれらが起こる以前に諸事件を予告するゴリツィンの顕著な実績のゆえに、恐るべきものである。
その最近の著ペレストロイカ欺瞞(1995年出版)においてゴリツィンは、
「かつての」共産主義者たちが偽の「民主主義に向かっての改革」と「進歩」の覆いの下に追求している
レーニン主義的戦略の背後にある回りくどい秘密の意図を説明している。
直接的な戦略的目的は西側との収斂--彼らの折り合いで、であって、われわれの折り合いでではない--である。
究極の目的はレーニンの「新世界社会秩序」--世界共産党政府--の諸ブロックを形成するものとしての集団的地域諸政府で
諸々の国民国家を置き換えることである。
それは1960年代に始まった。
ペレストロイカ欺瞞は、大部分は見えないソビエト集団指導部がどのように、
アントニオ・グラムシのマインド・コントロールの考えを借用しながら、
彼らの長い間準備したレーニンの「プロレタリアの独裁」から彼の「人民全体の国家」への移行を実行したかを明らかにする。
このことの主たる特徴は、西側の諸政府が警戒を放棄し、「かつての」ソビエト・ブロックとの協力の制限のない計画に乗り出すように勇気づけるために、決定的な「過去との断絶」が起こったということを西側に確信させることをもくろんだ「民主化ポーズ」("democratism")の演劇的展示である。
1960年代に、戦略家たちはUSSR科学アカデミーの支配の下に諸々の特別研究所を設立した。これらは西側の態度を研究し、ソビエト指導部に一定の戦術的策略やシナリオに対するありそうな西側の反応について知らせるように教えられた。
ソビエトの戦略家たちが予期したように、これらの研究の結果として、西側は警戒を怠って捕らえられ、この過去との断絶によっておびき寄せられた。
ゴリツィンはなぜ西側の反応がそのように熱狂的であったかを明らかにしている。
欺瞞は、成功するためには、標的の知られた切望にできる限り近くマッチしなければならないと彼は説明している。このようにして、西側は政策と貿易のための諸々の新規の機会を提供しながら、うわべだけの変化を「ソビエト改革」の過程の深化だと解釈した。実際は、西側は「究極的な共産主義世界政府の下での西側のモスクワへの従属状態をもたらそうと意図されているソビエト収斂戦略の展開の加速化」に直面しているのである。
ゴリツィンはこう警告している。「『ペレストロイカ』はそれが単なるソビエトの国内的刷新ではなくて、全世界を「再構築する」ための戦略であるという、党機構の指導の下での共産党、ソビエト政府およびKGBによる30年間の準備の結果であるということが
明らかにされなければならない...ソビエトは西側民主主義諸国との真正の永続的な順応を求めているのではなくて、共産主義の最終的な世界勝利を求めている...彼らは彼ら自身の「再構築」とこの目的のために核の紛争の恐怖を用いてソビエトとアメリカの体制の収斂を採用させるようにアメリカ人たちを誘い込む同じ幻想を利用しようと意図している。」
もしゴリツィンが正しいならば、グラスノスチ、ペレストロイカ、そしてゴルバチョフおよびエリツィンの下で目撃されている巨大な「諸改革」や激動は、「悪の帝国」が今や過去の事柄であるということを合衆国や西ヨーロッパの人々に確信させるように計算され犯されている統制された欺瞞であったし(そして今もそうである)。
実際には、彼の分析によれば、「ソビエトの脅威」はその歴史の他のどの時期よりも今世界にとってより大きな危険を提示している。
ロシアは今、もっと危険である
ペレストロイカ欺瞞はクレムリンの「欺瞞の大家たち」の仮面を剥ぎ取り、そして彼らの大がかりなごまかしを裸にする。ゴルバチョフ、エリツィン!シュワルナゼ、サハロフ、チェブリコフ、ワレサ、リアチェフ、ヤコヴレフ、ポズナー、コズィレフ、ハヴェル、マネスク、クラフチュク、クチマ、ナザルバエフ、プリマコフ、アカーエフ、およびその他の者は彼ら自身の二枚舌の言葉と行動とによって十分に暴露されている。
政治の「専門家たち」やメディア人たちによって報告された「諸事実」とは反対に、USSRは「崩壊し」なかったし、そして共産党、KGBおよびソビエト軍は廃止されたり、あるいは解散されたりはしなかった。共産主義権力のこれらの同じ構造は--幾分改造はされたけれども--ロシアにおいてだけでなく、「独立諸共和国」と考えられている国々のすべてにおいても同様に、支配し続けている。ロシア、独立諸国家の共和国そして「かつての」東側ブロック諸国家は今日もなお特権階級、冷戦の間それらの不幸な国々を動かした同じ共産党のボスたちによって動かされている。
ゴリツィンは、合衆国の敵であることを止めることからはほど遠く、ロシアは「もっと恐るべきもの、もっと精巧なもの、もっと危険なもの」になっていると警告している。なぜなら、共産党世界勝利の新しい計画は古い計画よりももっと現実主義的になっているからである、と。新しい計画は最も簡潔に「協力-脅迫」と記述され得る。これは北朝鮮やイランあるいは「ごろつき諸要素」の幽霊のような「否認できる資産」のソビエトの使用、あるいは合衆国の安全保障と世界平和に脅威を与えるために核軍備に対する支配を獲得する「強硬派の共産主義者たち」を交互に含んでいる。それゆえ、言葉を換えて言えば、もし西側が協力しないならば、今日の協力には「冷戦への逆戻り」--あるいはもっと悪いこと--のソビエトの脅迫が暗に含まれているのである。ゴリツィンはこの策略を「われわれと協力せよ、さもなくば核の混沌と葛藤の見通しに直面するぞ」として既述している。これは「協力-脅迫」である。」
収斂(Convergence)であって、回心(Conversion)ではない。
「収斂」はソビエト戦略の新しい決まり文句である。ゴリツィンは自分の力でかち得た権威をもってこう述べている。この「収斂は西ヨーロッパと合衆国において大虐殺と政治的再教育収容所を伴うであろう。ソビエト戦略家たちは合衆国における経済的不況を計算に入れている。そして不況の間にアメリカの体制に対する一つの選択肢として人間的な顔をもった社会主義の彼らの改革されたモデルを導入しようと意図している。」
収斂戦略はすでにその完成へ向かって順調である。収斂の主たる使徒、ゴルバチョフ氏は彼の「財団」に対するアメリカ不動産の最良の区画を与えられた。そして特許権使用料の地位を与えられている。ソビエト軍人たちはわれわれのエリート軍隊によってわれわれの最も進んだ軍事基地で訓練されている。ソビエトKGBはわれわれの警察軍へと歓迎されている。指導的なソビエト偽情報エージェントたちは彼らの如才ない「人間的な顔」のプロパガンダをアメリカのテレビ聴衆たちへ投げつけるためにゴールデン・アワーを与えられている。
ゴリツィンはこの「人間的な顔をした」策略の重要性を暴露しているクレムリンの欺瞞専門家の一人による一つの重大な自認を引用している。ゲオルギー・アルバトフ(Georgy Arbatov)はソビエト連邦共産党(CPSU)のジャーナル、共産党員の1988年6月号に書きながら、こう述べた。
浸食されている「敵のイメージ」は...合衆国およびその同盟諸国の外交および軍事政策にとって絶対的に重要なものであった。この月並みな考え方の破壊...がゴルバチョフの武器である...軍備競争も第三世界における権力ブロックも、軍事ブロックも「敵」なしには、そして「ソビエトの脅威」なしには考えられない...もちろん、この武器は秘密ではない。しかしそれは巨大な力を持っているのである。」
ゴリツィンの書物に関して、著作家ウィリアム・ジャスパー(William Jasper)は「浸食されているのは敵の現実、脅威の現実ではなくて、ただイメージだけである、脅威はこれまでよりももっと現実的に残っている」と指摘している。
合衆国の戦略的な敵、中国
ゴリツィンが明るみに出している最も魅力的な点の一つは次のことについての真実である:
いわゆる「中国-ソビエト」分裂についての真実--すなわち、中国はロシアの敵であり、そして合衆国の友人であるという幻想--。ゴリツィンは「共産党中国は合衆国の戦略的パートナーではなくて、その隠された戦略的敵である」と警告している。中国は合衆国における、そして世界じゅうあまねくの、「再構築」をもたらしているソビエトに参加するであろう。
浸透を通じて、中国共産党情報部は1950年代、1960年代および1970年代の間の中国におけるCIAの諸々の関係と資料とを破壊した。彼らはまた中国の指導者たちの戦略的意図に関する信頼できる資料を展開させることからCIAを妨害した。
ゴリツィンは、この事態はアメリカの政策決定者たちをその問題に関する情報にあまりふれさせないようにしていると書いている。西側が接近できる最善の「情報」は唯一中国共産党指導者たちの言語的な保証である。
ゴリツィンは指摘している。「この情報ギャップのゆえに、アメリカの政策決定者たちは中国の戦術と戦略との間を区別しなかった...この混同のゆえに、アメリカの政策決定者たちは、共産党中国が合衆国の重要な戦略的パートナーであり、ソビエト連邦の戦略的ライバルそして敵であると信じている。このことにおいて彼らは間違っている。中国は合衆国の戦術的なパートナーであって、戦略的なパートナーではないし、またロシアの戦術的な敵であって、戦略的な敵ではないのである。
ゴリツィンはさらに続けて、共産党中国は共産主義の長期の戦略の主たる立案者のひとつであると言う。中国-ソビエト「分裂」は「再構築」という彼らの共通の戦略の準備がうまくゆくことを確保するために両国によって遂行されている戦略的な偽情報作戦であった。ソビエトと中国の指導者たちは分業を通じて彼らの秘密の戦略的協力を続けてきたのである。
合衆国との中国の密接な関係、そしてパキスタン-アフガニスタン状況に関して中国が合衆国の役に立っていることさえ、アメリカの工業技術の援助で現代の超大国になるという中国の主要な戦略を確保するために意図された戦術である。
ゴリツィンは「中国はそれに向かってモスクワと北京が共同して進んでいる未来の世界政府における主たるソビエトのパートナーとなる運命にある」という動かし難い予想を述べている。
欺瞞の概要
ペレストロイカ欺瞞は補遺、あとがきそして付録をもった6部に分けられる。
第1部のタイトルは「ペレストロイカ欺瞞」であり、そこでは著者はペレストロイカのための長期の政策の採用、その戦略のためのソビエトの研究、その戦略のための準備におけるKGBの役割、ならびにペレストロイカのための実験とリハーサルを論じている。
またペレストロイカの最終局面の主たる目的、すなわち、東ヨーロッパ、第三世界、および合衆国の再構築、アメリカの軍事的および政治的同盟諸国の再構築の論述もある。それはまた西側における反共産主義に対するソビエトのキャンペーンについても述べている。
第2部、共産党の大戦略と西側の幻想は1987年1月4日付けのCIAへの覚え書きであり、それはソビエトの大欺瞞戦略の見地からのゴルバチョフの合衆国訪問の評価である。著者はまた戦術的諸変化および偽情報を通じての「収斂」をも既述している。
「ペレストロイカに対するアメリカの対抗戦略が第3部を形成する部分である。著者は共産主義世界を取り扱う際の過去のアメリカの悲劇的な誤り、ならびにさまざまのアメリカ指導者たちの誤り、ベトナム[戦争]の時期の誤りを論じている。
ペレストロイカ戦略の実行とそれに対する西側の盲目的な反応がこの書物の第4部を構成する。
著者はペレストロイカを理解するための7つの鍵を与えている。
1)ペレストロイカの先例となるレーニンの新経済政策。
2)共産主義ブロックの十分な政治的および安全保障の潜在力の使用のための準備。
3)共産主義諸国における統制された「政治的対立」の創出。
4)社会主義を発展させるためのレーニンの「古い形式と新しい形式の偽造」と非共産主義者たちの承認を通じての偽の代表制度というチチェリン(Chicherin)の考え。
5)共産主義諸国における統制された「政治的対立」の発展。
6)極東の共和国およびグルジア共和国のための形式的な政治的「独立」のレーニンの使用。
7)反西側戦略の実行におけるブロックの政治的および安全保障の潜在力の発展。
これら7つのキーポイントは、この種の戦略が西側の精神構造にとっては無縁のものであり、またそれがこの戦略が西側の人々の精神を欺きそして捕らえるのにそのように成功したかの理由であるがゆえに、読んで理解する必要がある。
第5部は第2の10月社会主義革命のための戦略としてのペレストロイカを暴露している。それはまた、共産党独裁権、ソビエト軍そして暴力によるのではなくて、USSRにおける統制された「民主化」といわゆる多党制に携わったソビエト諸権力の偽りの改革、影響および政治的活動を通じての非暴力的革命の新しいパターンについて論じている。ゴリツィンはまたペレストロイカ戦略の成功した実行におけるソビエトの戦略的偽情報の主要な役割をも説明している。
「インチキの『8月クーデタ』とその計算された失敗」がゴリツィンの著作の第6部を構成している。熟慮してたくらまれた「過去との断絶」そして8月クーデタが実際にはいったい何であったかの物語は魅力あるそして啓発的な読書に役立つ。1973年から1985年の間のゴリツィンのCIAへの覚え書きからの抜粋を含んでいる補遺がある。著者がソビエトの長期にわたる欺瞞戦略の包括的な分析を提供している後書きがある。その書物はKGBの現在の諸活動の多くの局面がスポットライトを当てられ、そして分析されているCIAへのさらに重要な覚え書きの付録で終わっている。
どのパラグラフも詰まっている
しかしながら、この概観はこの重要な書物に正当な取り扱いをしていない。
この著作にはこの概観が提供しているよりはるかに多くの資料が含まれている。
実際、この書物の正確な要約を提供することは困難である。
というのは、どの章やどのパラグラフも筆者が圧縮するのに困難を見出す情報ではち切れそうであるからである。
完全なメッセージを受け取るためにはその書物全体を読まなければならない。
ゴリツィンは言うべきものを持っている。
彼は聴く必要のある声である。
少数の他の人々と共に、彼は欺瞞を見通した。
この書物はこれらの現在のソビエトの大きな嘘の最も洞察力のある暴露である。
間違った救済策は間違った結果を産む
ゴリツィンのペレストロイカ欺瞞は、他のどの書物より以上に、ロシアがどこででも回心に近づいていないという真理、
そしてロシアの現在の状態は「冷戦」のソビエト連邦よりも遙かに危険であるという真理を補強している。
マリアの汚れなき御心へのロシアの奉献はまだなされていない。
そして敵はただ転覆subversionの精巧化において進歩しただけであって、
回心conversionの恵みにおいて進歩したのではない。
ゴリツィンによれば、ペレストロイカとグラスノスチの策略はソビエトが世界に対してこれまでに突きつけた最大の欺瞞である。
おそらくわれわれの仲間のカトリック者たち、諸々のファチマ使徒職、そして高い地位に就いている教会人たちでさえの盲目は、人間は神が要求なさったものとは異なった解決を間違いなしに提案し、実行することができると考える人々の思い上がりと尊大さに対する一つの罰としてやって来る。聖母の特別の要求を無視する人々は実際に「神の思し召しにもかかわらず」世界平和のために働き、同じ結果を得ると期待することに終わる。彼らの「解決」はそのような一つの偽りに基づいているから、罰として神が偽り、恐ろしい結果を持つ偽りに基づいている回心の幻想を許されるかもしれないということは考えられない。
教皇がマリアの汚れなき御心にロシアを奉献なさるように祈り、教皇に嘆願することは今まで以上にもっと緊急のことである。1917年は今から79年前であった。今までにわれわれは聖母の意志以外の何ものも世界平和を、そして世界の上に神の恵みのなだれをもたらさないということを学ばなかったのか?ファチマは希望と慈悲のメッセージである。しかし同時にそれはわれわれが神のために受け入れなければならない妥協を許さないあれかこれか[の選択]である。いかなる人間も[神の御計画と異なる]もう一つの計画を提案したり、あるいは信じたりする権利を持っていない。
そしてゴリツィンが指摘しているように、ペレストロイカの嘘を信じることの結果は、まさにファチマの聖母が予言なさったように、モスクワによる世界の奴隷化を保証するだけであろう。
2004/03/10 三上 茂 試訳
(原文には語句に活字の脱落・ミスプリが数カ所あり、適当に類推して訳したので、思い違いあるやも知れません。)
ハムレットの水車小屋
http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/1001.html
1982年3月10日水曜日
食糧戦争
BIG MANパニックレポート
1982年は職業戦争の幕開けになる
(小説 食糧危機 )
1982年2月。北極から張り出してきた寒気団はカナダを覆い尽くし、瞬く間に五大湖の上空に侵入した。
東京大手町のある総合商社10階。ミシシッピ川の凍結がケイロまで進んだという情報が入って以来、穀物セクションの部屋は殺気立っている。
「荷が川を下りてこない以上、契約通りの受け渡しは困難ですよ。現地の穀物商社等は、いつ不可抗力宣言を出して受け渡しを送らせようかという談合を始めたとの情報もあるくらいです。」
日本の食料品店の店頭から豆腐屋油揚げが姿を消すのに時間はかからなかった。つい昨日までスーパーの目玉商品に使われていたサラダ油が、客1人に一缶という割り当て販売になった。食用油不足から営業時間の短縮を余儀なくされた天ぷら屋が続出。肉は急に安くなった。
エサ不足とエサ価格急騰で、畜産業者は豚などを買い続けるのは難しくなって、どんどん屠殺しているからだ。
「消費者に朗報」などと喜んでいられるのは短い間だ。まもなく供給がガタ減りし、肉は前よりも高嶺の花になる。大量屠殺の後遺症はまず1年は残る。
食料危機という声が高まるにつれて色々な物の出周りが少なくなってきた。社会不安の高まりを恐れて政府は売り惜しみ買い占め防止法(投機防止法)をちらつかせる必要を感じ始めた。
-
以上はフィクションであるが、全くの作り事ではない。
1977年のミシシッピー川凍結はこれと似たような状況を作り出した。カーター前大統領は陸軍工作兵を送り出し、凍結した川をダイナマイトで砕いて穀物を積んだバージ(はしけ)が通れるように手を打った。
それでも正常化するまでに2ヶ月以上かかっている。
日本国内では関連商品が高騰し、大混乱となった。
当時は3ヶ月以上の再婚あったものの、第一次石油危機の記憶が生々しかったためか、パニック寸前までいった。
先ほどの商社マンの話ではないが、現在の在庫は1ヶ月分ぐらいしかない。1977年以上に危険な状態にあるわけだ。
例えば日本の大豆の輸入量440tの96%がアメリカ。しかもアメリカからの船積みの70%はミシシッピ川-ガルフを経由している。 ミシシッピ川は日本の台所に直結しているというわけだ。
現在の日本の食料状況は、輸入に占めるアメリカの比率もさることながら、自給率も低く、海外市場の演歌をもろに受ける体質になっている。
日本の米の年間生産量は約1300万t。
これに対して、小麦、大麦、大豆、トウモロコシの年間輸入量は約2800万tと、米生産量の約2.2倍である。穀物自給率はわずか34%。
農政審議会の見通しでは、1990年には30%に減り、以後じりじりと自給率は落ちていく。
「不測の事態」が起きて、輸入が減ったらどうなるか。一人当たりの栄養水準で見ていくとわかりやすい。
現在日本人の1日あたりの栄養水準は2500カロリー。もし輸入が現在の3分の2に減少しとしたら、2151カロリーと、昭和30年代初めの水準になる。輸入が半分に減った場合は1914カロリーしか摂取できず、まだ戦後間もなく、あちこちにやけあとが残っていた30年前に逆戻りしてしまうのだ。
「不測の事態」のうち、最も起こり得る可能性が高いのはミシシッピ川凍結であるが、日本の日本にとっての影響は軽い方であろう。一時的なパニック状態は起きるものの、それは時間が解決してくれるだろう。
1981年11月16日。ソ連共産党中央委員会総会。
ブレジネフ書記長は、外交・軍事面で、ソビエト連邦はアメリカに対して優勢を保っていると得意満面で演説を続け、出席者は万雷の拍手を送った。ところが食料生産の項目に入ると、書記長の口調はにわかに弱々しいものになった。1981年の穀物生産目標2億3500万t。ところが実際の収穫量は1億7000万tを下回る成績になってしまったのだ。3年連続の不作であり、特に1981年は最近では最悪と言われた1975年の1億3000万t以来の低い収穫量である。
いつしかブレジネフの口調は哀願調になっている。
「ソビエト連邦、穀物不足を公式に認める」-ニュースは世界中を駆け巡り、シカゴの穀物相場は上伸、ロンドン・チューリッヒの金相場は、1トロイオンス400ドル台を割り込んだ。ともにソビエトは穀物の大量輸入に出る必要があるという予想に反応したものだ。
ソビエトの投資外貨事情では、金を売らなくては穀物は買えないはずであり、実際、このところ売主不明の金売却量が増えている。
スイスの個人銀行は顧客に金の売りを指示した。シカゴのメリルリンチ社は顧客に大豆とうもろこしの買いを支持した。史上最高の豊作で停滞している市場にとって、ソビエトの不足は願ってもないカンフル剤になる。
「4万トンでもソ連に売ってやるぞ」、相場の上げはそう叫んでいるようにも見えた。
アメリカ農務省は1981年~1981年(1981年10月~1982年9月)のあいだに曽木とは4000万tの穀物を輸入すると予想し、アメリカから2000万tは買うだろうと見ている。
ところが1981年から1982年12月の船積み物を1000万円まで買い進んだところでソビエトは買付を見送って、アルゼンチン、ブラジル、カナダなどアメリカ以外の穀物生産国での買い付けを急ぎ始めた。
そして12月13日、ポーランドに戒厳令が施行され、自主管理労働組合「連帯」の弾圧が開始された。ヤルゼルスキ軍事政権の後ろにはソビエトの影がちらつく。
アメリカは対ソビエト制裁に乗り出すだろう。穀物禁輸で締め付けてくる可能性がある。そうした事態に備えるには、アメリカからの輸入依存度を下げておかなければならない。
昨年末アメリカレーガン大統領が発表した対ソ連制裁では、穀物禁輸は見送られたが、今後の情勢次第では穀物禁輸もあり得ると威嚇している。
穀物が外交特にソビエトとの関係で有効な武器になるとアメリカが気がついたのは、1972年から1973年にかけて、ソビエトが隠密裏に大量のアメリカ産穀物を隠密に買い付けたことがきっかけであった。当時のニクソン大統領、キッシンジャー特別補佐官は、早速国務省、CIAにソ連の農業実態を調査させるチーム作成を命令、報告と偵察衛星による写真分析を重ね合わせてみた結論は、
「ソビエトの農業生産は伸び悩みがはっきりしており、増え続ける需要を自力で賄いきれなくなっている。常に大量輸入が必要な状態になってきている。」
ニクソン・キッシンジャーがソビエトとの交渉に穀物取引をを絡み始めたのは言うまでもない。
-雑誌BIG MAN 1982年3月号
gjajdbjtl pc
主要生産国の生産量
1979年度
アメリカ 29900万t
中国 27900万t
EC 14800万t
ソ連 17400万t
インド 12600万t
カナダ 3600万t
ブラジル 3300万t
アルゼンチン 1900万t
オーストラリア 2300万t
-雑誌BIG MAN 1982年3月号
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1982年は職業戦争の幕開けになる
(小説 食糧危機 )
1982年2月。北極から張り出してきた寒気団はカナダを覆い尽くし、瞬く間に五大湖の上空に侵入した。
東京大手町のある総合商社10階。ミシシッピ川の凍結がケイロまで進んだという情報が入って以来、穀物セクションの部屋は殺気立っている。
「荷が川を下りてこない以上、契約通りの受け渡しは困難ですよ。現地の穀物商社等は、いつ不可抗力宣言を出して受け渡しを送らせようかという談合を始めたとの情報もあるくらいです。」
日本の食料品店の店頭から豆腐屋油揚げが姿を消すのに時間はかからなかった。つい昨日までスーパーの目玉商品に使われていたサラダ油が、客1人に一缶という割り当て販売になった。食用油不足から営業時間の短縮を余儀なくされた天ぷら屋が続出。肉は急に安くなった。
エサ不足とエサ価格急騰で、畜産業者は豚などを買い続けるのは難しくなって、どんどん屠殺しているからだ。
「消費者に朗報」などと喜んでいられるのは短い間だ。まもなく供給がガタ減りし、肉は前よりも高嶺の花になる。大量屠殺の後遺症はまず1年は残る。
食料危機という声が高まるにつれて色々な物の出周りが少なくなってきた。社会不安の高まりを恐れて政府は売り惜しみ買い占め防止法(投機防止法)をちらつかせる必要を感じ始めた。
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以上はフィクションであるが、全くの作り事ではない。
1977年のミシシッピー川凍結はこれと似たような状況を作り出した。カーター前大統領は陸軍工作兵を送り出し、凍結した川をダイナマイトで砕いて穀物を積んだバージ(はしけ)が通れるように手を打った。
それでも正常化するまでに2ヶ月以上かかっている。
日本国内では関連商品が高騰し、大混乱となった。
当時は3ヶ月以上の再婚あったものの、第一次石油危機の記憶が生々しかったためか、パニック寸前までいった。
先ほどの商社マンの話ではないが、現在の在庫は1ヶ月分ぐらいしかない。1977年以上に危険な状態にあるわけだ。
例えば日本の大豆の輸入量440tの96%がアメリカ。しかもアメリカからの船積みの70%はミシシッピ川-ガルフを経由している。 ミシシッピ川は日本の台所に直結しているというわけだ。
現在の日本の食料状況は、輸入に占めるアメリカの比率もさることながら、自給率も低く、海外市場の演歌をもろに受ける体質になっている。
日本の米の年間生産量は約1300万t。
これに対して、小麦、大麦、大豆、トウモロコシの年間輸入量は約2800万tと、米生産量の約2.2倍である。穀物自給率はわずか34%。
農政審議会の見通しでは、1990年には30%に減り、以後じりじりと自給率は落ちていく。
「不測の事態」が起きて、輸入が減ったらどうなるか。一人当たりの栄養水準で見ていくとわかりやすい。
現在日本人の1日あたりの栄養水準は2500カロリー。もし輸入が現在の3分の2に減少しとしたら、2151カロリーと、昭和30年代初めの水準になる。輸入が半分に減った場合は1914カロリーしか摂取できず、まだ戦後間もなく、あちこちにやけあとが残っていた30年前に逆戻りしてしまうのだ。
「不測の事態」のうち、最も起こり得る可能性が高いのはミシシッピ川凍結であるが、日本の日本にとっての影響は軽い方であろう。一時的なパニック状態は起きるものの、それは時間が解決してくれるだろう。
1981年11月16日。ソ連共産党中央委員会総会。
ブレジネフ書記長は、外交・軍事面で、ソビエト連邦はアメリカに対して優勢を保っていると得意満面で演説を続け、出席者は万雷の拍手を送った。ところが食料生産の項目に入ると、書記長の口調はにわかに弱々しいものになった。1981年の穀物生産目標2億3500万t。ところが実際の収穫量は1億7000万tを下回る成績になってしまったのだ。3年連続の不作であり、特に1981年は最近では最悪と言われた1975年の1億3000万t以来の低い収穫量である。
いつしかブレジネフの口調は哀願調になっている。
「ソビエト連邦、穀物不足を公式に認める」-ニュースは世界中を駆け巡り、シカゴの穀物相場は上伸、ロンドン・チューリッヒの金相場は、1トロイオンス400ドル台を割り込んだ。ともにソビエトは穀物の大量輸入に出る必要があるという予想に反応したものだ。
ソビエトの投資外貨事情では、金を売らなくては穀物は買えないはずであり、実際、このところ売主不明の金売却量が増えている。
スイスの個人銀行は顧客に金の売りを指示した。シカゴのメリルリンチ社は顧客に大豆とうもろこしの買いを支持した。史上最高の豊作で停滞している市場にとって、ソビエトの不足は願ってもないカンフル剤になる。
「4万トンでもソ連に売ってやるぞ」、相場の上げはそう叫んでいるようにも見えた。
アメリカ農務省は1981年~1981年(1981年10月~1982年9月)のあいだに曽木とは4000万tの穀物を輸入すると予想し、アメリカから2000万tは買うだろうと見ている。
ところが1981年から1982年12月の船積み物を1000万円まで買い進んだところでソビエトは買付を見送って、アルゼンチン、ブラジル、カナダなどアメリカ以外の穀物生産国での買い付けを急ぎ始めた。
そして12月13日、ポーランドに戒厳令が施行され、自主管理労働組合「連帯」の弾圧が開始された。ヤルゼルスキ軍事政権の後ろにはソビエトの影がちらつく。
アメリカは対ソビエト制裁に乗り出すだろう。穀物禁輸で締め付けてくる可能性がある。そうした事態に備えるには、アメリカからの輸入依存度を下げておかなければならない。
昨年末アメリカレーガン大統領が発表した対ソ連制裁では、穀物禁輸は見送られたが、今後の情勢次第では穀物禁輸もあり得ると威嚇している。
穀物が外交特にソビエトとの関係で有効な武器になるとアメリカが気がついたのは、1972年から1973年にかけて、ソビエトが隠密裏に大量のアメリカ産穀物を隠密に買い付けたことがきっかけであった。当時のニクソン大統領、キッシンジャー特別補佐官は、早速国務省、CIAにソ連の農業実態を調査させるチーム作成を命令、報告と偵察衛星による写真分析を重ね合わせてみた結論は、
「ソビエトの農業生産は伸び悩みがはっきりしており、増え続ける需要を自力で賄いきれなくなっている。常に大量輸入が必要な状態になってきている。」
ニクソン・キッシンジャーがソビエトとの交渉に穀物取引をを絡み始めたのは言うまでもない。
-雑誌BIG MAN 1982年3月号
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主要生産国の生産量
1979年度
アメリカ 29900万t
中国 27900万t
EC 14800万t
ソ連 17400万t
インド 12600万t
カナダ 3600万t
ブラジル 3300万t
アルゼンチン 1900万t
オーストラリア 2300万t
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1978年2月28日火曜日
著書「ホピ・この惑星を救うテックワ・イカチという生き方」
ホピの危機と人類の危機・・ホピの予言「この惑星を救う生き方」研究(4)
2010-07-25 | ホピの予言と文明の危機
「ホピ・この惑星を救うテックワ・イカチという生き方」という本を読んでみました。続きです。
この本はホピの長老ダン・エヴェヘマと、彼が招へいした白人トーマス・E・マイルズ氏との共著です。
長老エヴェヘマが承認を与え、マイルズ氏が資料を分析して書いたものです。
リンクは張っておりませんが、アマゾンなどでご購入になれます。
長老がなぜホピ族の世界を公に語ることを決意したのか?
その理由は、ホピ族の出現から現在に至る「時の物語」の中に記されているのであると彼らは語ります。
*****
(引用ここから)
人々はオライビ村を作り上げ、マサウの教示に従い始めた。
オライビ村の目的は、マサウとの契約を守るために必要な調和と統一を推進することにあった。
村はずっとマサウが教えた祭りの周期と農耕生活の指導に従った。
生活は乱れず、オライビの住民たちはどんなことも結束して行い、長い間繁栄した。
また、「預言」、「聖なる石板」で「ロードプラン」を毎年調べ直すことで、彼らはいつの日か他の国々から奇妙な人々が来ることを心に刻みつけた。
予告通り、スペイン人がやってきたのは1540年だった。
1826年には新たな宣教師たちが押し寄せた。
宣教師の背後にはアメリカ政府があった。
1881年、アメリカ政府は第一メサの近くに政府機関を設置し、はじめてホピの国に足がかりをつかんだ。
翌年には大統領令によって「ホピ居留地」を設置した。
境界線を引かれた部分はホピの領土の十分の一にも満たないものだった。
むろんこの件についてホピには何一つ相談はなかった。
政府は、まず着手するべきはホピの固有の文化を滅ぼし、白人文化に差し替えることであると見た。
そこで、政府は村の活動、とくに祭りに加われないようにするために子どもたちを村から遠く離れた寄宿学校に入れることにした。
伝統派はこれがホピにとって致命傷になることをすぐ見てとった。
ホピが折れようとしないのを見て、政府は軍事力に訴え、強制的に同意させようとした。
ユキオマ率いる伝統派の指導者たちはバハナ(白人)の提供するものを受け入れれば破滅的な結果になり、
契約の誓いを守ることができなくなると民に警告した。
しかし政府の考えを受け入れる友好派はしだいに増し、祭りは中断され、家族氏族の関係は引き裂かれた。
1906年には、オライビの紛争は戦争と化した。
オライビの住民は700人に激減した。
その年、両派は伝統的な方法で勝負をし、敗れたユキオマは村を去った。
ユキオマたちはホテヴィラという名の泉に移動し、ここで独自の村づくりを開始した。
アメリカ政府はこどもたちを寄宿学校に送り込み、反対する親を逮捕して鎖につないで刑務所に送り込み続けた。
著者エベヘマは当時10代で、不在の父親たちの持ち場を埋める経験をしている。
ホテヴィラの伝統派は力を取り戻し、いかなる脅迫にもひるまず、政府の要求をはねつけた。
アメリカ政府は、ユキオマの先祖が、創造主伝来の生き方に永遠に従う厳粛な誓いを立てたことなど、知るよしもなかった。
「第4の世界が終わる兆こうが見えたなら、特殊な「警告」と「存続の道」を伝えなければならない」
との約束ごとが、その誓いに含まれていることも知らなかった。
白人にとってはそんな知識がホピから来ること自体あり得ないことだったのである。
これほど重大な歴史的役割を、神が原始部族に託することなどあり得ないと、たかをくくっていたのだ。
ユキオマは言った。
「よいですか。
わたしがこのようにしているのは、わたしの民のためだけではない。
あなた方のためでもあるのです。
わたしがあなたがたの命令に屈してみなさい。
バハナ(白人)の道を受け入れてみなさい。
その瞬間、巨大な蛇はのけぞり、海は雪崩込み、わたしたち皆がおぼれ死ぬのです。」
歳月の経過とともに、基準を満たせるホピはますます少なくなってきた。
ユキオマの子ダン・カチョンバが1972年に死ぬと、ユキマオの近親者がホピを治めた。
彼らの在任中、政府はユキオマの時と同様、村にたっぷりと襲撃を加えたため、
伝統派は混乱をおこし、契約と伝統の道の砦たるホテヴィラ村の存続を、誰もが危ぶんだ。
次にモノンギエという輝かしい宗教指導者が族長になり、死ぬまでホテヴィラ共同体を治めた。
彼は「ニュースレター(テックワ・イカチ)」の編集者になり、
伝統を強固につらぬき、毎年の生の循環を確実に保ち、政府の襲撃に強く抵抗した。
彼は政府のかいらいである「ホピ部族会議」の宿敵となった。
(引用ここまで)
*****
ホピ族は北米インディアン最古を誇る部族であると言われています。
しかし、「ホピ族伝統派」と呼ばれる派は、
1906年、ホピ族が外部の勢力を受け入れるかどうかを巡り分裂するに至った時、はじめて現われたものです。
それ以前はホピ族はひとつの部族としてまとまっていたのですが、100年ほど前に部族内が分裂したのです。
そしてその時はじめて、「伝統的な生き方」を主張する一派が歴史上に現われるという逆説的な事態が起き、
その出来事がホピの大転換期となりました。
今の長老たちが石板に見るのは、その分裂の印です。
それは避けるすべなくやってきた分裂だったのです。
守護神マサウとの約束を数千年守り通してきた彼らの前に、
約束を破る「道すじ」がはっきりと表れてきた時、、、
かつて3つの世界が不道徳のために滅びたように、世界は滅びの道を歩むことが判明したのです。
(続く)
始まりに向かって
http://blog.goo.ne.jp/blue77341/c/66252bc943a43a01f1dd8b16c8aed366
1975年2月28日金曜日
レヴィ・ストロース
身の丈にあった世界と、身の程を知った生活を作れるか?・・「熱い社会」と「冷たい社会」(3)
2011-07-11
ホピの予言と文明の危機
“原発後”“脱原発”の世界は、どのようにしたら作れるのだろうか、と思い、「レヴィ・ストロースとの対話」を読んでみました。
1970年に日本語訳が出版された古い本です。続きです。
リンクは張っておりませんが、アマゾンなどでご購入になれます。
引用文の中で、二人の対話は、近代社会に生きる人間の無力感について言及しています。
今のわたしたちの社会は、生きるにはあまりにも大きすぎる、という感覚が、人々に無力を感じさせている。
共同体としての作用は一方通行で、わたしたちは自分たちが何を感じているのかすら分からなくされている。
ちょうど原子エネルギーについて言及していますが、
原子エネルギーなどという巨大すぎるものを、巨大すぎる社会が扱っていることに、わたしたちは感性的についていくことができない。
認識したり、判断することができなくなっている、と語られています。
1960年代、世界中で反体制運動の潮流が始動し始めた頃、“反原発”は反体制側の常識であったと言えると思います。
質問者の「人類愛的なものではなく、経済原理が作用しているのだ」という見解はレヴィ・ストロースの思考に配慮し、左翼的思想が席巻していた当時の常識的な考えを述べたものであると言えると思います。
それでも、なぜ環境破壊がおきるのか、なぜ戦争はなくならないのか、という問いに対して、社会が大きすぎるからだ、という答えは、当時としても斬新だったのではないかと思います。
「未開社会」と「近代社会」の違いとして、その構成の大きさの違いをまず挙げるのは、今でもなるほど、という感じがします。
*****
(引用ここから)
問
すると、「進歩」とはまったく認識の発達の係数なのではありませんか?
したがって、認識によって全面的に決定されているのではありませんか?
知識と認識方法のうちに内的決定論があって、そのために我々はなにもできなくなっているのではありませんか?
レヴィ・ストロース
まさにそうであるようです。
もし私たちがある“進歩”に対して、賛成か反対かをおおっぴらに表明することを求められたなら、、
そして現在では原子エネルギーの開発とともにこの問題が提起されるのですが、、
多数の人間が、「いやそんなものは持たぬほうがよい、今のままの状態でいるほうがよい。」
と答えることが、少なくとも考えられるからです。
自動車をもつという事実は、私には本質的な利益とは思えません。
他の多くの人々が自動車を持つような社会では、それは欠かすことのできぬ自己防衛ですが、
しかしもし私が選ぶことができるなら、そしてわたしの同時代人も同様にことごとくそれを放棄してくれるなら、
どんなにかほっとして、私は自分の車をお払い箱にすることでしょう。
問
わたしは人々が習慣的に人類愛的立場と考えているすべての立場のことを考えます。
そんな立場は常に空しく、つねに全く無用なのです。
人間愛が前もって要求していたところの一つの立場を勝ち取ることを可能ならしめるものは、
つねに経済的進歩または技術的進歩なのであって、人類愛的立場はけっしてそれ自身ではそれを勝ち取ることはできないでしょう。
人々が必要とするこれこれの財物を自由に入手することを可能ならしめるものは、
これこれの場所に設けられる“市場”なのです。
しかし“市場”を設置するという条件が実現されぬかぎり、
人々は人権の名においてその財物を要求することは出来ますが、けっしてそれの恩沢に浴することはありますまい。
レヴィ・ストロース
自分自身を前にした人間のこの種の無力は、きわめて大きな度合いで、現代社会の膨大な人口の多さに起因しているとはお考えになりませんか?
小さな社会、小さな集団が自分たちの条件を熟考し、それを修正するため、
意識的な、考え抜かれた決断をすることは想像がつきます。
わたしたちをとらえているこの無力さは、わたしたちがその中で生き抜いている、とほうもなく巨大な人間の集塊のせいだと思えるのです。
なぜかといえば、私たちはもはや一つの国民的な文明の体制下にさえ留まることなく、次第次第に一つの世界的文明、または亜世界的文明を実現する傾向にありますからね。
そしてこの、文明を制御しがたいものにするものは、この新しい大きさの秩序であり、人間社会の諸次元のなかでの階層の変動なのです。
(芸術の話題になり、芸術の個性といったことをめぐって)
問
「集団的」と「個人的」という二つの語は、社会学的文脈の中では何を表すのでしょうか?
二つの間には、どんな関係が存在するのでしょうか?
レヴィ・ストロース
我々にはきわめて明瞭なものと見える「個人的」と「集団的」との区別が、
未開社会の美的生産の条件の中ではわずかしか有効な範囲をもたないのです。
ひとりの個人が肉体的あるいは精神的ななんらかの危機的状況に立ったとき、そしてその状況から脱したいとき、
彼は絵師でもあるところの呪術師に頼み込んで、かならずしも直接に表現的な性格をもつわけではない大きなモティーフによって、自分の家の壁面を飾ってもらいます。
だから呪術師はただ単に癒し手としての神聖な能力の持ち主として知られているだけでなく、絵師として名の通った才能の人なのです。
彼は依頼人の家に、仕事をすべき日の前夜に行きます。
そしてたいへん気前のよい報酬をもらい、依頼人の家の客となって、夢を見るべく一夜を過ごします。
その夜の夢の挿話や詳細をこまごまと、その家の壁面に再現してみせるのです。
一方、そうは言うものの、彼が製作する作品は彼の最も深い個人的な無意識の結果ではなく、きわめて厳格な規範に忠実なのです。
外側からそれを眺めるよそ者のアマチュアにとっては、それらはみな同一作者の手になったもののように見えるでしょう。
しかし、その画が50年古かろうと新しかろうと、あるいはもっと年代に差があろうとも、いずれも大同小異なのです。
そういうわけで、ここでは、一方には芸術的生産の最も個人的な条件と、他方にはもっとも社会学的な、集団的な条件とが、ほとんど解きほぐせないような具合に交じり合っています。
この二つの相は解きほぐせないほど結びついていて、
あたかも、自発的な定型的なやり方で、芸術作品を生み出すために精神の無意識の活動にたよるとき・・
というのはそもそも夢なんですからね・・
その画家たちは実際、「個人的」と「集団的」との区別がなくなってしまうような境地に達するかのようです。
いわゆる未開社会は、美的創造の中の無意識的活動の役割を、より多くの客観性をもって認識しており、
精神のこの暗い生命を驚くべき洞察をもって取り扱っています。
というわけで、これがわれわれの社会と未開社会との第一の相違点なのですよ。
(引用ここまで)
*****
上の写真はホピ族の岩絵「ロードプラン」(「ホピ・神との契約」より)です。
上の道を行く、白人的な生活をする者たちは破滅し、
下の道を行く、ホピ族本来の生活態度を貫く者たちは生き残るという、説明的な図です。
この図についてはもう幾度となく取り上げていますが、
このような図は未開社会本来の思考形態から産まれたものとは言えないと、わたしは常々思ってきました。
時間を直線的に表わすことも近代西洋的だし、その時間が左から右に進むのもまるで定規のようで、おかしい。
「未開社会」の歴史観について、同書が述べているところを引用しておきます。
*****
(引用ここから)
レヴィ・ストロース 「歴史なき」社会と「歴史的 」社会とを区別してはなりますまい。
実際にはあらゆる人間社会は歴史を持ち、その歴史はそれぞれの種の起源にまでさかのぼるのですから、同じだけ長いわけです。
しかしいわゆる「未開社会」が、歴史の液体に浸っていて、
その水を自分の中に浸透させないようにしているのに反し、
我々の社会は、歴史を自分の発展の原動力とするために、いわば歴史を内部に取り込んでいるのです。
(引用ここまで)
*****
レヴィ・ストロースの述べている歴史観の分類から言えば、
ホピ族のこの有名な岩絵「ロードプラン」は“歴史を内部に取り込んでいる”近代社会の思考方法そのものであると言えるでしょう。
すなわち、この説明的な図の解釈は、説明的であるがゆえに、彼ら本来のものではないでしょう。
反文明思想のひとつの目印として、分かりやすい図ではあるけれど、彼ら本来のメッセージではないでしょう。
彼らが本当に言いたかったことは、何なのでしょう。。
それはさておき、私たちは私たちの問いを解かなければならないのだと思います。
現代文明は、持続しないようにできている。。
それならば、持続可能な社会、を創らなければ、世界は持続しないと思われます。
文明の構成員に、持続しよう、生きようという意思があれば、良い選択をし、良い修正をし、
より良い社会をつくることはできるに違いないのだと思います。。
大きすぎない社会、機能するコミュニティ、持続可能なエネルギー、搾取ではなく、与え合うことが原理となる社会。。
社会の構成員の一人ひとりに、社会をいかに築いていくか考える責任があるのだろうと思います。
始まりに向かって
http://blog.goo.ne.jp/blue77341/c/66252bc943a43a01f1dd8b16c8aed366
青木やよひ著「ホピ族と徴兵拒否の思想」
再掲・・青木やよひ著「ホピ族と徴兵拒否の思想」を読む
2015-08-10 | ホピの予言と文明の危機
長崎の被爆者・永井隆氏の遺言を、たくさんの方に読んでいただいております。
この記事は、その一つ前に投稿したもので、当ブログの骨子をなすものです。
2008年、ブログを書き始めたばかりで、写真もリンクもないものですが、写真とリンクをつけて再掲してみたいと思います。
・・・・・
広島に原子力爆弾が投下された日が、めぐってきた。。
若き日のあこがれの、青木やよひさんの「ホピの国」(1975年刊)という本を読み返した。
*****
(引用ここから)
第二次大戦の時期のアメリカで、人口数千人のインディアン・ホピ部族から6人の徴兵拒否者が出て、裁判にかけられた。
ホピ(平和)の掟を守りつづけてきた部族の一員として、たとえどんな状況下にあろうと武器をとって人を殺すことはできないと、6人は主張したのだ。
ここに一通の文書がある。
第二次世界大戦後の1949年、ホピ族が発した公式文書である。
それは「ホピインディアン帝国」から、合衆国大統領あてになっている。
つまり、彼らは戦後になっても、自分たちを合衆国国民とは思っていないらしい。
そしてそこには、戦時下に彼らがなにをもって、徴兵拒否の思想としていたかを、うかがい知ることができる。
「我々は、我々自身のやり方で、みずからの運命を決定しようと欲している。
我々は、我らの弓と矢を、だれにも向けようとは思わない。
我らの伝統と宗教的訓練は、いかなるものをも、傷つけ、殺し、苦しめることを禁じている。
我々は、我らの子弟が、戦争のための殺人者となり、破壊者となる訓練を強制されることに抗議する。
この国土における生命の聖なるプランは、偉大なるマサウウによって、我らのために整えられたものである。
この計画を変更することはできない。
いまは人類史のなかで、もっとも危機的な時代である。
いたるところで民衆は混乱している。
いま我々が決定し、今後なすべきことが、各自の民族の運命なのである。
いま我々は、審判の日について語っているのである。
我らホピの予言の光のなかで、審判の日は近づきつつある・・。」
予言といえば、「ホピの書」という本のなかに、ホピの30人のスポークスマンがこもごも語った
言葉の聞き書きがのっていて、その「ホピの予言」と題する章は私たちを考えこまさずにはおかない。
これは、1961年に第三次世界大戦が起こる可能性を予測しながら、語られたものである。
(もし第三次世界大戦がおこったら)
「合衆国は、土地も人民も、原爆と放射能によって滅びるであろう。
ホピ族とその故国だけが、難をのがれる人々のオアシスとして残るであろう。
原爆シェルター(避難所)など作ろうと考えるのは、唯物的な人々だけである。
その心にすでに平和を抱く者は、生命の偉大なシェルターの中にいるのだ。
邪心ある者には、シェルターなどありはしない。
たとえ黒色、白色、赤色、あるいは黄色人種であろうと、イデオロギーによる世界分割に
役割を持たない人は、他の世界において生命を取り戻す用意がある。
彼らはみな等しく兄弟である。」
さて、砂漠の賢者たちの高貴なよびかけに対して、私たちはどう答えられるだろうか?
はたして私たち日本人は、彼らの兄弟の列に加わることができるのだろうか?
(引用ここまで・4章「未開から見た文明」より)
*****
若い日に、ホピ(の魅力)に捉えられて、うめいた時のことを思い出した。
「平和」という思いは、わたしにとっては、いさかいの元凶そのものであるわが身を裁く「掟」との対峙であり、
わが身の在り方について、おそろしいばかりの強烈さを持って省察を迫ってくるものなのだ。
・・・・・
始まりに向かって
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2015-08-10 | ホピの予言と文明の危機
長崎の被爆者・永井隆氏の遺言を、たくさんの方に読んでいただいております。
この記事は、その一つ前に投稿したもので、当ブログの骨子をなすものです。
2008年、ブログを書き始めたばかりで、写真もリンクもないものですが、写真とリンクをつけて再掲してみたいと思います。
・・・・・
広島に原子力爆弾が投下された日が、めぐってきた。。
若き日のあこがれの、青木やよひさんの「ホピの国」(1975年刊)という本を読み返した。
*****
(引用ここから)
第二次大戦の時期のアメリカで、人口数千人のインディアン・ホピ部族から6人の徴兵拒否者が出て、裁判にかけられた。
ホピ(平和)の掟を守りつづけてきた部族の一員として、たとえどんな状況下にあろうと武器をとって人を殺すことはできないと、6人は主張したのだ。
ここに一通の文書がある。
第二次世界大戦後の1949年、ホピ族が発した公式文書である。
それは「ホピインディアン帝国」から、合衆国大統領あてになっている。
つまり、彼らは戦後になっても、自分たちを合衆国国民とは思っていないらしい。
そしてそこには、戦時下に彼らがなにをもって、徴兵拒否の思想としていたかを、うかがい知ることができる。
「我々は、我々自身のやり方で、みずからの運命を決定しようと欲している。
我々は、我らの弓と矢を、だれにも向けようとは思わない。
我らの伝統と宗教的訓練は、いかなるものをも、傷つけ、殺し、苦しめることを禁じている。
我々は、我らの子弟が、戦争のための殺人者となり、破壊者となる訓練を強制されることに抗議する。
この国土における生命の聖なるプランは、偉大なるマサウウによって、我らのために整えられたものである。
この計画を変更することはできない。
いまは人類史のなかで、もっとも危機的な時代である。
いたるところで民衆は混乱している。
いま我々が決定し、今後なすべきことが、各自の民族の運命なのである。
いま我々は、審判の日について語っているのである。
我らホピの予言の光のなかで、審判の日は近づきつつある・・。」
予言といえば、「ホピの書」という本のなかに、ホピの30人のスポークスマンがこもごも語った
言葉の聞き書きがのっていて、その「ホピの予言」と題する章は私たちを考えこまさずにはおかない。
これは、1961年に第三次世界大戦が起こる可能性を予測しながら、語られたものである。
(もし第三次世界大戦がおこったら)
「合衆国は、土地も人民も、原爆と放射能によって滅びるであろう。
ホピ族とその故国だけが、難をのがれる人々のオアシスとして残るであろう。
原爆シェルター(避難所)など作ろうと考えるのは、唯物的な人々だけである。
その心にすでに平和を抱く者は、生命の偉大なシェルターの中にいるのだ。
邪心ある者には、シェルターなどありはしない。
たとえ黒色、白色、赤色、あるいは黄色人種であろうと、イデオロギーによる世界分割に
役割を持たない人は、他の世界において生命を取り戻す用意がある。
彼らはみな等しく兄弟である。」
さて、砂漠の賢者たちの高貴なよびかけに対して、私たちはどう答えられるだろうか?
はたして私たち日本人は、彼らの兄弟の列に加わることができるのだろうか?
(引用ここまで・4章「未開から見た文明」より)
*****
若い日に、ホピ(の魅力)に捉えられて、うめいた時のことを思い出した。
「平和」という思いは、わたしにとっては、いさかいの元凶そのものであるわが身を裁く「掟」との対峙であり、
わが身の在り方について、おそろしいばかりの強烈さを持って省察を迫ってくるものなのだ。
・・・・・
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